薬物送達システム(DDS)とは、投与した薬物の体内展開を最適化し、必要な部位に必要な時間だけ作用させることを目指す学問領域で、薬物作用の最大化とともに副作用の軽減にも大きな役割を果たす。一方、実験で得られる情報は常に不十分で不安定であることから、DDSを正確に評価するために必要となるパラメータを漏れなく抽出することは本質的に困難だった。イタリア・パドヴァ大学などの研究チームは、実際の実験と数値シミュレーション、機械学習モデリングを組み合わせたハイブリッドアプローチを提唱している。
Computers in Biology and Medicineの8月号に収載されるチームの研究論文によると(オンライン版は公開済み)、がんを標的とした抗腫瘍効果といった物理的モデル因子を正確に導出するための新しい手法を提案している。ここでは腫瘍の成長や薬物送達に数理モデルを設定し、実験結果を統合してモデルへフィードバックすることで、信頼性の高い予測ツールを取得することを目指す。
特に抗がん剤治療においては、その殺細胞性の特異性が問題となる。つまり、本来的な標的である悪性腫瘍だけではなく、増殖期にある正常細胞までを障害する危険性が高く、これを回避することは非常に難しい。多剤併用療法などによって副作用をコントロールするアプローチもあるが、DDSの究極的な発展は、高度選択的に悪性腫瘍細胞単独の排除を実現するものとなるため、がん死が深刻となる高齢社会にあっては同領域での研究成果は大きな意味を持つ。