この記事は、The Medical AI Times Podcast第1回をもとに編集・構成したものです。
ポッドキャスト音源とあわせて、テキストでも情報をキャッチアップできるようにお届けします。
【番組概要】
■タイトル:前立腺がん検出AIから読み解く、AI社会実装への道 #1
■配信日時:2024/10/1
■出演者:島原 佑基、植田 大樹、中安 杏奈、宮内 諭
■第一回テーマ:前立腺がん検出AIから読み解く、AI社会実装への道 #1
■配信ページ:
Spotify:https://podcasters.spotify.com/pod/show/the-medical-ai-times/episodes/AIAI-1-e2p2dvh
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YouTube:https://youtu.be/TdQWqZ2mIPI
参照論文:
Fully Automated Deep Learning Model to Detect Clinically Significant Prostate Cancer at MRI
今回取り上げる論文の概要
宮内:本日お届けするニュースは、北米放射線学会(RSNA)の専門誌「Radiology」に掲載された、前立腺がん検出に関する研究です。
アメリカのMayo Clinicなどの共同研究チームが、MRIの前立腺がん検出においてディープラーニングモデルが放射線科医と同等の性能を示した、という内容です。経験豊富な腹部専門放射線科医と変わらない精度を示したとのことですが、まず島原さん、この研究成果を受けていかがでしょうか。
セグメンテーションを省略する新規性
島原:そうですね。まずは植田さんに振りたいと思います。植田さんはこの領域をよくウォッチされていると思いますが、今回2024年8月6日に公開されたこの論文は、どこが新しいのでしょうか。
植田:新しさですよね。まず個人的に「これは」と思ったのは、責任著者がNaoki Takahashiさんという日本人医師という点です。Mayoで研究責任者をされているというのは驚きましたし、日本の研究力が落ちていると言われる中で、アメリカで責任者を務めておられるのはすごいなと。これは本論とは違うところですが、まず感心しました。
もうひとつは、この研究の新規性として論文本文で強調されているのが、がんの領域を「ここ」とは指定せず、単純に前立腺を放り込んで「悪性かそうでないか」で分類している点です。いわゆるセグメンテーションベースのモデルではなく、分類ベースのモデルですね。通常は「ここが病変部です」とアノテーションをつけるための工数が大変なので、この方式だとその労力が省けます。ただし、出力として「どこの場所が悪性か」は示せないデメリットもあります。
本文中では「大変なアノテーションを省けるし、目に見えないがんにも対応できるかもしれない」というように、デメリットをメリットへ逆転させる方向でうまく論じている印象です。研究者の経験や自信を感じるといいますか、洗練されたスタディだと感じました。それをMayoで責任著者をしているのが日本人というのも、個人的にはすごいと思いました。
前立腺がん研究とAIの相性
島原:話を少し深掘りすると、植田さんが先ほど言及されたように、前立腺の形は比較的標準化されているからAIで差分を拾いやすいというのは大きな要素だと思います。例えば、肺や脳や骨は比較的「定型」を持つ臓器なので、異常値を検知しやすい。それらに続く形で、前立腺もAIと相性が良い領域だと感じました。実際RSNAなどでも、肺や脳のAIブースは多いですし、その次ぐらいにくるのが前立腺という印象です。今回のような研究が今後広がれば、一気に主流になっていく可能性もあるのではと考えています。
宮内:臨床面についてもお尋ねしたいのですが、前立腺がんは患者数が多いものの、悪性度がそこまで高くないとも言われます。高年齢になって発症して、寿命との兼ね合いで「治療しなくてもいい場合もある」という印象があります。こうした状況で、AIを使って早期発見を徹底する意義はどう考えられるでしょうか。
前立腺がん診断の臨床的意義
植田:そうですね。前立腺がんのように、必ずしも予後を大きく改善しない可能性がある疾患に対して、新しい技術が進んだところでどれほどの意味があるのか、昔は疑問を抱いたこともありました。
ただ、研究者として少し違う視点に立ってみると、たとえ現在は予後を直接改善しないように見えても、その小さな技術的進歩の積み重ねがいつか予後を改善する段階につながるのではないかと思うのです。
実際、今はAIを使えば前立腺がんをたくさん見つけられる分、いわゆる「見つけすぎ」になってしまう懸念があります。たとえば、積極的経過観察といって、治療は行わずにPSA(腫瘍マーカー)の変動だけを観察していく方法があるほどですので、「自分はがんを持っている」と分かるだけで心の負担が増えるケースもあると思います。
そのため現時点では、「AIで見つける意義はどれほどあるのか」という疑問も残ります。ただ、将来的にはこれらの技術がさらに発展して、結果的に患者さんの予後やQOLに寄与するようなタイミングが来るかもしれません。私はそうした可能性を踏まえて、この研究領域を見ているという感覚ですね。
社会実装とVC目線の考え方
中安:私もそこは気になっていました。社会実装の段階で、この研究がどういう形で価値を生み出せるのか。まだ治療成績そのものを変えるわけではない場合、少なくとも現状のままでは「放射線科医の業務負担軽減」にしか直接結びつかないかもしれません。
それでも、アメリカの場合は業務効率の向上がコスト削減に直結する可能性があるので、MRIにAIを導入すれば病院側が興味を示すという流れはあるかもしれません。日本だと病院が赤字経営のところも多く、投資してまで導入する動機づけが難しいと考えています。
もし導入するのであれば、前立腺がんだけではなく、他のがんや他の疾患も一挙に解析できる総合的なAIソリューションが望ましいように感じます。
臨床フローとAIの活用ハードル
宮内:実際の診断フローとしては、まずPSAでスクリーニングし、値が高くなれば確定診断のためにMRIを撮るという流れになると思います。そこにAIを組み込むとなると、確かに導入のハードルは高くなりそうですね。
中安:逆に、生検を避けられるようなレベルの精度が実証されれば、かなりインパクトがあるかもしれませんね。
「医師を超えるAI」が最初に生まれる領域?
植田:個人的な小さな予想ですが、医師対AIという構図で、最初にAIが優位に立つ領域は前立腺かもしれません。補助というよりも、いずれリプレイスに近い形になる可能性もあるのではないでしょうか。
ちょっと前にRadiology AIにメタアナリシスが出て、前立腺のセグメンテーションタスクにおいてはAIのほうが医師を超えたという結果が報告されたことがありました。実際、前立腺分野は研究者がアグレッシブに取り組んでいる印象があり、陽子線の治療やダヴィンチなど、最先端技術が最初に取り入れられるケースが多いです。腫瘍マーカーが癌と強く結びついている点も研究しやすい要因になっていると思います。
前立腺がんにおける治療選択AIの可能性
島原:そうなると、将来的には最適な治療法を示すAIも重宝されるのではないでしょうか。先生によって得意な治療法が異なる場合など、客観的な指標があれば患者さんも治療を選びやすくなりそうです。
中安:ちょうど同じことを考えていました。画像診断だけでなく、患者の年齢やリスク因子と複数の治療オプションを掛け合わせて、AIが予後を予測するシステムがあれば、医師と患者両方に役立つでしょうね。
植田:治療法を提案するAIは比較的実装しやすいと思います。患者さんのパラメータと「実際に使われた治療法」を一緒に学習させておき、次に同じような患者さんが来たときに「A治療なら5年生存率はこれくらい、B治療ならこれくらい」と表示する仕組みは実装できそうですよね。血液腫瘍などでも同様の研究が進んでいるので、前立腺がんでも実現されるのではないかと考えています。
中安:実際、スタートアップでもがん診療を民主化しようとする動きが見られますね。新しい治療法や薬、プロトコルが現れる中、地方の病院などではすべてをアップデートしにくい。そこをAIが支援することで、どの病院でも最先端の選択肢を提示できるようになると、大きな社会的意義があると思います。
第1回のまとめ
宮内:1記事だけでかなり盛り上がりましたね。前立腺がんというテーマだけでこれだけ議論が広がるとは思いませんでした。次回は別のトピックにも取り組めればと思います。
島原:楽しかったですね。次回も同じように盛り上がるといいですね。
宮内:最後のほうでも話に出ていましたが、AIがインフォームドコンセントにも関わって「AIだとこういう結果が出ているので、こういう治療法をおすすめしますよ」と示してくれると、患者さんの納得度が変わりそうです。いずれそんな世界が来ると期待しつつ、第1回はここまでにしたいと思います。皆さん、ありがとうございました。
今回取り上げた記事:AIが「MRIにおける前立腺がん検出」を支援