十分な医療サービスを受けられない社会的弱者は、従来の専門的評価で測りきれない高レベルの痛みを経験していたかもしれない。そのような可能性が学術誌 Nature Medicine掲載の最新AI研究によって示された。不適切なAI応用が患者間の格差を広げる論調も根強い一方で、新研究では「適切なディープラーニングアプローチが、原因不明とされてしまう『痛み』の人種差や社会経済的格差を是正する」研究成果を示している。
「An algorithmic approach to reducing unexplained pain disparities in underserved populations」と題された同研究では、膝の痛みの原因で代表的な「変形性膝関節症」をテーマとする。「放射線科医の膝X線画像による重症度評価から痛みを予測した場合」と「ディープラーニングアプローチによる重症度評価から痛みを予測した場合」を比較したところ、後者によって痛みの人種間における差を是正することができた、というのが研究の論旨である。このAIによる格差是正はいわゆる低所得や低学歴の患者においても同様の結果が得られた。十分な医療を受けられないような社会的不平等を抱える患者群において、従来の標準的とされる重症度判定では反映できていない痛みの要因がいまだ多いと研究グループは指摘している。
同研究を主導したカリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)の准教授Ziad Obermeyer氏は以前にも同大のニュースリリースで、人種間の健康格差にデータを活用する際の落とし穴を論じている。そのインタビューでObermeyer氏は例として「COVID-19の検査データから医療資源を配分するアルゴリズムを考えた際、黒人やラテン系のような疎外されがちな地域社会では、利用可能な検査が限定的であるがゆえに不健康さが過小評価され、真のニーズを捉えきれない事態が生じる」という主旨を述べていた。客観的データを至上として扱う人々が医療AIについて考える上で、今回のNature Medicene 収載論文は示唆に富む。自身の専門性を誇る医療者が、社会的弱者の痛みに「客観性がない」と切り捨てる危険に対して警鐘を鳴らすきっかけとなるAI研究かもしれない。