中国発の医療AIスタートアップ Beijing Infervision Technology Co., Ltd. (北京推想科技有限公司、以下「Infervision」)は、X線検査など医療画像分野にディープラーニング技術を適用し、放射線科医師らの業務をサポートするサービスを開発している。
この度、The Medical AI Times編集部ではInfervisionの海外展開の現状と今後の取り組みについて、Infervision日本支社の代表取締役・周暁姸氏と取締役・郭暁㬢氏にお話を伺うことができた。
– どのような社会課題を解決するためにInfervisonは創業されたのでしょうか?
世界ではこの瞬間も多くの人ががんによって命を落としています(編集部注1)。そして中国の医療は急速な少子高齢化などと相まって様々な課題に直面しています。例えばがんに罹患した場合にかかる多額の検査費や治療費が患者本人および社会全体に大きな負担となります。さらに中国では医師数不足、あるいは都市圏と農村部との医療資源の不均衡が生じています。
そうした社会の課題に対して、当時、米シカゴ大学で学んでいた陳寛(Chen Kuan、現CEO)は医療の中でも特に検査画像から診断を得る読影分野にAI技術を導入することで変革できると考え、中国に帰国して2015年にInfervisionを創業しました。
(注1:国際がん研究機関IARCの「Global Cancer Data 2018」で世界185ヵ国における2018年の新規罹患者数は1,810万人、年間死亡者数は960万人と推計)
左:周暁姸氏、右:郭暁㬢氏(撮影︰The Medical AI Times 編集部)
– 具体的にはどのようなサービスを提供しているのでしょうか?
Infervisionのコア技術はディープラーニング(深層学習)です。いわゆるAI技術という領域の中にマシンラーニング(機械学習)があり、その一種がディープラーニングというイメージで説明させてもらうことが多いです。ディープラーニングでは与えられた大量のデータからプログラム自らがそのデータの中から特徴をみつけて分析を行います。
ディープラーニングによる分析結果を正確に導き出すためには、データの量と質の双方が非常に重要になります。そのためInfervisionは、中国の多くの病院と良好な協力関係を確立しています。プロジェクトの共同運営に努めた結果、膨大なデータベースを構築することができました。多数かつ多様な属性の患者における診断用の画像データは、3人以上の医師によってレビューされ、ゴールド・スタンダードが確立されました。そのデータからの学習に基づき北京本社でAIアルゴリズム開発を行い、中国国内外の各地域では現地用にローカライズするための開発作業を行っています。
日本支社東京拠点での開発風景(撮影︰The Medical AI Times 編集部)
私たちInfervisionは、そのディープラーニング技術を搭載した製品「InferRead Solution」というAIシステムを顧客である病院施設らに提供しています。放射線科の医師は、例としてCT検査であれば検査1件当たり200-300枚におよぶ連続した断面画像に目を通して、医学的な診断を下しています。検査機器の普及にともなう画像データ量は増加の一途であり、医師にとっての負荷は決して軽くない状況です。
この読影・診断という過程で「InferRead Solution」のAIシステムが病変部位を特定して医師の診断をサポートします。技術の一端の例としては、3ヶ月前と現在の検査画像をAIが自動比較し、時間経過による新規病変や変化を発見してくれます。臨床現場で検証された統計結果を近く公表予定ですが、経験の浅い放射線科の若手医師を弊社のAIがサポートした結果、サポートなしと比較して病変部位の発見率が約2倍になったという結果などが得られています。
現在は全世界43以上の都市で、1日あたり38,000件以上の診断をサポートしています。
その他のサービスとしては、医師向けに「InferScholar Center」という研究用プラットフォームを提供しています。このプラットフォーム上では、コーディングの経験が少ない医師であってもAIアルゴリズムを簡単に活用して、自身の研究テーマを進めることができます。
– 中国から日本に進出した背景を教えていただけますでしょうか?
現代医療における課題は中国のみに限りません。日本においても肺がんを筆頭としたがんによる死亡者は社会的課題でしょう(編集部注2)。がんの早期発見に放射線画像診断は欠かせませんが、中国だけではなく日本でも放射線科の医師数が不足して臨床現場が疲弊しているという指摘があります(編集部注3)。そのような現況のなか、Infervisionは2017年から日本を含んだAPAC(アジア太平洋)地域に進出しました。進出するにあたって、東京都による外国企業誘致プロジェクト「アジアヘッドクォーター特区(アジア地域の業務統括・研究開発拠点を日本に置く外国企業を2020年度までに400社以上誘致目標とする政策)」に第4次産業革命関連企業として選定されています。
(注2:厚生労働省「平成30年(2018)人口動態統計(確定数)の概況」によると、日本国内2018年のがんによる死亡者数は年間約37万人、そのうち「気管、気管支及び肺」は約7.5万人(19.8%)であり、がん種の中で最多)
(注3:厚生労働省「平成28年(2016年)医師・歯科医師・薬剤師調査の概況」によると、日本国内で医療施設に従事する約30万人の医師に対して放射線科専門医は約6000人で1.9%)
– 日本における現在までの活動状況はいかがでしょうか?
日本でも東京女子医科大学病院・近畿大学病院・日本大学病院といった複数の大学病院と研究目的での提携がすすみました。また、東京都港区に本社をおくソフトウェア企業オプティムが提供する医療画像診断支援AI統合オープンプラットフォーム「AMIAS(アミアス)」に、AIプログラムメーカーとして参画しています。
– 今後の展望をお聞かせいただけますか?
日本国内における研究分野での提携実績は順調に積み上がっています。一方で医療機器として販売するにあたっては、日本国内独自の承認をPMDA(医薬品医療機器総合機構)に申請中です。さらに世界各地では、アメリカのFDA(食品医薬品局)、EU加盟国のCEマーク(基準適合マーク)、及び中国のNMPA(国家薬品監督管理局)、それぞれの認証を得るため申請を同時並行しています。
– Infervisionの創業理念から生まれたAI技術サービスが日本をはじめ、世界へとひろがってゆくことを楽しみにしております。ありがとうございました。
Infervision Japan ロゴ (撮影:The Medical AI Times 編集部)
【編集後記】
アメリカなど海外留学から帰国し、母国中国で活躍する人材を「海亀族」と呼ぶそうだ。海外から戻るという意味の中国語「海帰」に「海亀」の発音(haigui)が似ていることに由来した言葉である。このように中国国外で高度な教育を受けてきた人材たちが「Infervision」のような中国テック新興企業の躍進を牽引している。
一方、日本人の海外留学事情としてアメリカの大学への留学生数は減少傾向にあり、米国国際教育研究所 IIE の資料「Open Doors 2019」では約1.8万人との推計がある(中国人留学生数は約37万人)。
経済発展のタイミングで海外留学の位置づけは変化するため一概にはいえないが、「日本版 海亀族」のような人材が国内で再評価されたとき、日本のAIスタートアップの勃興が大きく左右されるかもしれない。その留学先の選択肢が中国となる可能性も感じられるインタビュー機会であった。
聞き手:The Medical AI Times 編集部(株式会社トウキョウアナリティカ内)