聴覚医療を変革するAIの力

AIが難聴を解決するまでにはまだ時間がかかるが、その過程には「聴覚医療を再構築する」機会がある。英ユニバーシティカレッジロンドンの神経工学者であるNicolas Lesica氏と、米カリフォルニア大学アーバイン校聴覚研究センターの耳鼻科医Fan-Gang Zeng氏は、Nature Machine Intelligence誌に寄せた論評の中で「AIと聴覚医療の未来」に言及している。

著者らは、人間の聴覚システムについて説明し、それを拡張するAIの可能性を示した後、AI開発者と聴覚専門家が協力して「真の人工聴覚システムを設計するためのステップ」を示している。特に、人工聴覚システムが考慮すべき、聴覚における3つの重要な側面に取り組むことが課題であるという。

1. 時間的処理:最近の研究によって、音を認識するための専用の神経回路が存在することが示唆されている。しかし、数ミリ秒単位の入力を処理するメカニズムは、異なる脳領域に分散したネットワークの複雑な相互作用に依存している可能性が高い。今後、自然な音理解と聴覚構築を実現するためには、このような研究をさらに進める必要があることを指摘する。

2. マルチモーダル処理:自然の聴覚システムを忠実に再現するためには、人工ニューラルネットワークは「最終的には、他の感覚運動モダリティを統合し、脳と同じようにさまざまなタスクを実行できる柔軟性を備えていなければならない」とする。マルチモーダルな特性を単独でモデル化しようとしても、現象をコンパクトに説明する以上の有用性は期待できないとした上で、適切な機能を持つネットワークを様々なタスクで訓練すれば、脳がそうであるように、マルチモーダルな柔軟性が現れるだろうと予測している。

3. 可塑性:近年の研究からは、人工内耳の効果は「その技術がどれだけ神経可塑性を実現できるか」にかかっているという仮説が立てられている。Zeng氏らは、人工内耳の性能が高ければ高いほど、「外耳道を通じて聴覚信号を受け取る新しい方法を脳が採用する」のを助ける点を指摘する。

著者らは結論として、AI研究者と聴覚研究者の共同を呼びかけており、積極的なコラボレーションが聴覚医療の未来を形作る点を強調している。

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TOKYO analyticaはデータサイエンスと臨床医学に強力なバックグラウンドを有し、健康増進の追求を目的とした技術開発と科学的エビデンス構築を主導するソーシャルベンチャーです。 The Medical AI Timesにおける記事執筆は、循環器内科・心臓血管外科・救命救急科・小児科・泌尿器科などの現役医師およびライフサイエンス研究者らが中心となって行い、下記2名の医師が監修しています。 1. 岡本 将輝 信州大学医学部卒(MD)、東京大学大学院専門職学位課程修了(MPH)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(PhD)、英University College London(UCL)科学修士課程最優等修了(MSc with distinction)。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員、東京大学特任研究員を経て、現在は米ハーバード大学医学部講師、マサチューセッツ総合病院研究員、SBI大学院大学客員教授など。専門はメディカルデータサイエンス。 2. 杉野 智啓 防衛医科大学校卒(MD)。大学病院、米メリーランド州対テロ救助部隊を経て、現在は都内市中病院に勤務。専門は泌尿器科学、がん治療、バイオテロ傷病者の診断・治療、緩和ケアおよび訪問診療。泌尿器科専門医、日本体育協会認定スポーツドクター。
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