「da Vinci Research Kit」が工学研究にもたらした恩恵と今後への期待

今日、ロボット支援手術は実臨床の現場に浸透を始めており、いくつかの疾患においては既にロボット支援手術がゴールドスタンダードになりつつある。ロボット支援手術の分野では、様々な疾患や臨床現場のニーズに応えるべく、今後10年間での大幅な成長が期待されている。一方、この成長を実現するためには「優れた技術者や科学者の育成」が欠かせない。da Vinci Research Kit (dVRK) は、使われなくなったda Vinciシステム (Intuitive Surgical Inc, CA, USA) を、手術ロボット研究における研究プラットフォームとして再利用する産学共同の取り組みだ。これは現在、手術ロボットの新規研究グループの参入障壁を解消するため、重要なものとなっている。これから紹介するのは、University College LondonJohns HopkinsWorcester Polytechnic Institute等を含むグループからの報告である。過去約10年間にdVRKによって促進された出版物についてレビューを行い、この取組みを更に発展させるために「ロボット工学コミュニティが必要としている主な課題やニーズ」について整理したものだ。

da Vinci Research Kitに関しての詳細情報

The da Vinci Research Kit (dVRK)

本報告では、dVRKコミュニティ発足年である2012年から2020年の出版物を独自の基準で絞り込み、最終的に296報を対象とした。分析にあたり、出版物の内容を以下の6つに分類し、それぞれの項目について具体的な内容を紹介している。

A) オートメーション(81報)
B) トレーニング、スキル評価、ジェスチャー認識(46報)
C) ハードウェア実装・統合(111報)
D) システムシミュレーション・モデリング(8報)
E) イメージング・ビジョン(36報)
F) レビュー(14報)

A) オートメーション
dVRKの恩恵を最も受けている領域の一つであり、一般制御・器具制御・カメラ制御と更に細分化することができる。
・ 一般制御:ロボット支援最小侵襲手術(RMIS)における自動化を考える上での、より高いレベルの制御技術開発に関する取り組みが行われている。例として、人間とロボットの相互作用に関するもの、一般的な動作補償、不確実性を考慮した制御など。
・ 器具制御:手術における特定のタスクを自動化する試み。例としては、縫合や切除などがあり、腫瘍を特定するための触診なども含まれる。
・ カメラ制御:da Vinci等を用いたRMISにおいて、オペレーターは手術器具とカメラ操作のそれぞれを行うが、カメラの位置操作に費やす時間を最小限に抑えるため、カメラ制御の最適化に関する研究が行われている。

B) トレーニング、スキル評価、ジェスチャー認識
dVRKのようなプラットフォームにおいては、種々のセンサー類から多様な情報が得られ、オペレーターの「手の動きなどから生み出されるデータ」へのアクセスも容易となる。これらの情報は、動作分析を通したスキル評価、術者のトレーニング改善に役立てることができる。
・ トレーニングプラットフォーム:訓練者のトレーニングへの応用について様々な研究がなされており、特に注目を浴びているのが「触覚ガイダンス」と「仮想フィクスチャ」(正しい動作を指導するため、訓練者のマニピュレータに力を加えてガイドすること)である。
・ スキル評価:トレーニングにおける基礎的要素の一つとして、スキル評価への応用も注目されている。また、ユーザの精神的・身体的作業負荷を評価する取り組みも行われている。

C) ハードウェア実装・統合
6つの分類の中で最も報告数が多い分類であり、下記のような要素から成る。
・ 触覚・疑似触覚:現在のda Vinciシステムに足りていない「触覚フィードバック」に関する取り組みや、先述の仮想フィクスチャに関するものも含まれる。また、力についての視覚フィードバック(疑似触覚として分類される)を行うためのAR(Augmented Reality)も報告がある。
・ 手術器具:dVRKに互換性のある新しい手術機器やセンシングシステムに関するもの。
・ 制御インターフェース:カメラ操作のためのインターフェースや新しいマスターインターフェース開発に関する報告など。
・ 手術ワークフロー最適化:外科医のワークフローおよび知覚の向上を目指した技術をdVRKに実装・統合することを目指しており、遠隔手術に関する取り組みも含まれる。
・ その他:dVRKを他の用途に活用する試みであり、眼科手術や心臓外科手術など、他の臨床領域への活用検討が含まれる。

D) システムシミュレーション・モデリング
dVRKをシミュレーション環境に統合し、硬い物体や軟らかい物体とロボットの相互作用をシミュレートするための取り組みなどが含まれる。有限要素解析(Finite Element Analysis: FEM)を行う際のパラメータ取得など。ここでは8報のみが分類されているが、これは「他のソリューションを実装するためにシミュレーションを活用している報告」は他の分類に振り分けられているためである。

E) イメージング・ビジョン
dVRKが持つステレオ腹腔鏡から得られる画像や動画の処理に関連し、36報が当該カテゴリに分類されている。具体的には、以下の3領域がある。
・ カメラキャリブレーション:腹腔鏡と視野内の手術器具間でのキャリブレーションなど。
・ セグメンテーション:手術器具・縫合針・組織などを検出・セグメンテーション・追跡することを目的とした取り組みなどがある。dVRKは共通のプラットフォームとして特に、器具の検出やセグメンテーションを行うためのオープンデータセット開発において重要な役割を果たしている。
・ オーグメンテーション:超音波や光超音波(光音響)など他のモダリティを活用して手術そのものの可能性を広げる、あるいは安全性を高める取り組みが行われている。

F) レビュー
複数の主要な出版物がdVRKに言及しており、ロボット手術における自律性について議論するものや、人がロボットを操作しロボットと相互作用を行う点に注目して議論を行っているものもある。また、技術的な観点以外にも「手術の自動化のためにAIを使用することに関する法的な議論」も含まれている。

まとめ
本研究グループは、dVRKの大きなアドバンテージは「様々な種類のデータを生み出せる点」にあるとしている。具体的には、カメラから得られる画像・動画データ、モータ・エンコーダまわりから得られる動きや力に関するデータ、システムの状態に関するデータ(フットペダルの状態など)、外部センサーから得られるデータなどが挙げられ、このデータ種の豊富さが先に述べたような多様な観点からの研究を可能にしている。また、研究グループも指摘している通り、dVRKが一つの共通プラットフォームとしてオープンデータベースの構築に貢献している点は特筆すべき点と言える。

研究グループは、今後のdVRKの発展の可能性として以下のようなものを主に挙げている。
I. システム全体の同期されたデータに関する、より容易な取得と保管
II. より高度なシミュレーション環境開発によるアルゴリズムの反復学習・強化学習支援

今後、個々の疾患に特化したロボットが次々と開発されることが予想されるが、手術支援ロボットに関わる様々な基礎技術開発や検討において、dVRKは今後も共通プラットフォームとしての存在感を増していくことが想定される。臨床現場においては確実に一定の地位を築いたda Vinciだが、工学研究領域においてもその重要性は更に大きくなるだろう。

筆者は、「システムとコミュニティの両面でdVRKの精神を維持することは、手術ロボット研究に継続的に影響を与える。この取組みを続け、将来の世代のda Vinciシステムがその臨床使用から引退、もしくは廃棄されたときに、dVRKが作り上げてきた研究エコシステムの一部となっていくことは非常に価値がある」として本報告をまとめている。

対象文献:
Accelerating Surgical Robotics Research: Reviewing 10 Years of Research with the dVRK

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1. M.Okamoto MD, MPH, MSc, PhD
信州大学医学部卒(MD)、東京大学大学院専門職学位課程修了(MPH)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(PhD)、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(University College London)科学修士課程最優等修了(MSc with distinction)。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員を経て、SBI大学院大学客員准教授、東京大学特任研究員など。専門はメディカルデータサイエンス。

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防衛医科大学校卒(MD)。大学病院、米メリーランド州対テロ救助部隊を経て、現在は都内市中病院に勤務。専門は泌尿器科学、がん治療、バイオテロ傷病者の診断・治療、緩和ケアおよび訪問診療。泌尿器科専門医、日本体育協会認定スポーツドクター。