終末期医療を支えるAIツール

医療には種々のフェーズがあるが、命のステージとして終末期に近づけば近づくほど、ケアの医学的な価値以上に「人生をどう考えるか」「どう生きたいか」という個別的価値観が重視される。今回は、この終末期医療を支えるAIツールを紹介する。

米ジョージア州に本拠を置く医療AIスタートアップのJvionは、がん患者の死亡リスクを予測し、早期の終末期医療導入に関する検討機会を与えるAIツールを提供している。「Jvion CORE」と呼ばれるこのAIツールは、3700万人を超える患者の診療記録と、各個人に関する4,500ものデータポイントを含む膨大なリポジトリとなっている。Jvionの機械学習アルゴリズムは、リスク推定を行う対象患者について、このリポジトリ内で類似した患者グループとマッチングさせることで、今後治療に対してどう状態が推移するかの「ケアジャーニー」を高精度に推定することができる。直近の研究成果によると、このAIツールが「今後30日以内に死亡するリスクが高い患者」を正確に予測することが報告されており、Northwest Medical Specialtiesを含む、米国内複数の医療機関において実臨床利用が進んでいる。

Jvion COREが興味深いのは、単に検査結果やバイタルサインに基づく生理学的要因から死亡リスクを推定するのみでなく、社会的孤立や医療資源へのアクセス不良、経済状況など、社会経済的因子を多分に含む点だ。開発者らは「これら社会経済的な健康の決定因子は、その多くが対処可能である」点を強調するとともに、臨床的リスク要因との抱合せによって、健康不良を規定する複雑な患者背景とその未来を描出しようとする。

Healthcareでは、Northwest Medical Specialtiesでの一症例を紹介している。乳がん治療中であったこの女性患者は、ある日Jvion COREによって「30日間死亡」のハイリスク者として抽出された。一方、臨床医らは彼女が経口化学療法によく反応し、状態は安定していたためにこの事実に驚いた。念のために来院を促し、採血を行って帰宅させたが、しばらくして「彼女が倒れた」との報告を受けた。実は尿路結石が背景にあり、敗血症に至るまでに進行していたのだ。入院の上、抗生剤投与で十分に回復し、再度自宅に戻ることができた。その後彼女は化学療法をやめる選択を取り、ホスピスケアに入って最期の時間を思うままに過ごし亡くなったという。

この事例はまさに最期の時間を「取り返した」一例と言える。医療のセーフティネットとして機能するAIツールが数多開発され、実際の医療システムに組み込まれる様子が日々報じられているが、そこには常に「人の生活」がある。AIによってもたらされる結果がどのようなものであれ、誰かを幸せにするものであって欲しいと誰もが祈っている。世界的に人の寿命が順調な延伸を見せるなか、終末期を豊かにする技術的取り組みにもまた、大きな注目が集まっている。

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TOKYO analyticaはデータサイエンスと臨床医学に強力なバックグラウンドを有し、健康増進の追求を目的とした技術開発と科学的エビデンス構築を主導するソーシャルベンチャーです。
The Medical AI Timesにおける記事執筆は、循環器内科・心臓血管外科・救命救急科・小児科・泌尿器科などの現役医師およびライフサイエンス研究者らが中心となって行い、下記2名の医師が監修しています。

1. 岡本 将輝
信州大学医学部卒(MD)、東京大学大学院専門職学位課程修了(MPH)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(PhD)、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(University College London)科学修士課程最優等修了(MSc with distinction)。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員を経て、SBI大学院大学客員准教授、東京大学特任研究員など。専門はメディカルデータサイエンス。

2. 杉野 智啓
防衛医科大学校卒(MD)。大学病院、米メリーランド州対テロ救助部隊を経て、現在は都内市中病院に勤務。専門は泌尿器科学、がん治療、バイオテロ傷病者の診断・治療、緩和ケアおよび訪問診療。泌尿器科専門医、日本体育協会認定スポーツドクター。