人種間の「ゲノムデータ格差」

米ミネソタ州ロチェスターに所在するメイヨークリニックの研究チームは、最大かつ最も広範に利用されるがん研究データセットの1つである「The Cancer Genome Atlas」において、ゲノムデータの質が人種間によって異なることを明らかにした。本研究成果は、Journal of the National Cancer Instituteからこのほど公開された。

研究論文によると、チームはThe Cancer Genome Atlasを用い、祖先がアフリカ人である患者とヨーロッパ人である患者において、生殖細胞エクソームと腫瘍エクソームの質を比較した。結果、黒人患者の生殖細胞エクソームと腫瘍エクソームは、調査した7つのがん(肺・乳房・子宮・腎・大腸・前立腺における7種)のうち6つで、配列決定深度が有意に低いことを明らかにした。研究を率いたYan Asmann博士は「腫瘍および生殖細胞エクソームのシーケンス深度が浅かったため、データが完全でなく、生殖細胞バリアントおよび体細胞突然変異の検出が不十分で、アフリカ系を祖先を持つ患者のバリアントの質が劣った可能性がある」と述べる

マイノリティグループは、歴史的にヨーロッパ系に比べ、DNAデータベースへの登録が量的に少ないことは知られている。これを1つの原因として、遺伝的変異のカタログとも言えるThe Cancer Genome Atlasにおいても、「ヒトの遺伝的多様性の全範囲を代表しているわけではない」ことを本研究は明示した。著者らは、今後のゲノム・遺伝子研究を計画・実施する際に、疫学的要因を考慮する必要性を強調するとともに、The Cancer Genome Atlasは、黒人がん患者からの残存DNAがまだ利用可能であれば再シーケンスを検討すること、あるいは現在の格差を補うために高カバレッジでさらに患者データを追加すること、を提案している。

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TOKYO analyticaはデータサイエンスと臨床医学に強力なバックグラウンドを有し、健康増進の追求を目的とした技術開発と科学的エビデンス構築を主導するソーシャルベンチャーです。 The Medical AI Timesにおける記事執筆は、循環器内科・心臓血管外科・救命救急科・小児科・泌尿器科などの現役医師およびライフサイエンス研究者らが中心となって行い、下記2名の医師が監修しています。 1. 岡本 将輝 信州大学医学部卒(MD)、東京大学大学院専門職学位課程修了(MPH)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(PhD)、英University College London(UCL)科学修士課程最優等修了(MSc with distinction)。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員、東京大学特任研究員を経て、現在は米ハーバード大学医学部講師、マサチューセッツ総合病院研究員、SBI大学院大学客員教授など。専門はメディカルデータサイエンス。 2. 杉野 智啓 防衛医科大学校卒(MD)。大学病院、米メリーランド州対テロ救助部隊を経て、現在は都内市中病院に勤務。専門は泌尿器科学、がん治療、バイオテロ傷病者の診断・治療、緩和ケアおよび訪問診療。泌尿器科専門医、日本体育協会認定スポーツドクター。
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