マンスリーアーカイブ 6月 2021

死亡リスク評価AIが早産児を救う

新生児死亡の50%以上が早産児で発生しているとされ、世界的にも早産率の上昇傾向が問題視されている。早産児への新生児集中治療室(NICU)でのケアに際し「死亡リスク」を評価することは、専門医による治療選択など臨床的意思決定の助けとなる。従来の複雑な死亡リスク算出システムよりも現場負担の少ない「AIによる死亡リスクスコア算出」に関する研究が、オーストラリア・ジェームズクック大学のグループで行われている。 ジェームズクック大学のニュースリリースでは、同大の研究グループが開発した「NAIMS: Neonatal Artificial Intelligence Mortality Score」と呼ばれる、AIによる新生児死亡リスク評価スコアを紹介している。研究成果はComputers in Biology and Medicine誌に発表された。NAIMSは、出生時体重・妊娠期間・性別・心拍数・呼吸数などというシンプルな情報で直近12時間のデータから3 / 7 / 14日以内の死亡リスクを評価する。スコアの性能は「3日以内の死亡リスク」で最高となったが、ここではAUROC 0.9336を達成し、従来のリスク評価手法よりも優れた性能を示しているという。 研究の筆頭著者であるStephanie Baker氏は「容易に記録できるデータのみを用いることで、医療スタッフに不当な負担をかけずにリスクが評価できる。シンプルかつ高性能で非侵襲的なNAIMSの算出システムが自動的な再計算を続けることで、児の治療に対する反応を経時的に分析できる」と述べている。 関連記事: 早産児の壊死性腸炎 NECを発症前に便から予測する機械学習手法 早産児の転帰を改善する栄養サポートツール – 米スタートアップAstarte Medicalが500万ドルの資金調達 出生前情報からAIで新生児薬物離脱症候群を予測 新生児の脳画像から認知機能発達を予測するAIアルゴリズム

AIによる高齢者の疼痛評価

高齢者ケアにおける疼痛評価は容易ではない。疼痛は本質的に主観的であるが故に定量化が困難で、現代においても臨床現場ではその評価を「観察」と「申告」に基づいている。ただし、高齢者は認知症を含む種々の背景疾患を持つため、感情の発露、意思の表明が時として不十分となる。このことは疼痛評価と管理を難しくしており、不適切な疼痛治療は生活の質低下に直結する。 表情分析によって疼痛を客観評価するAIアプリ開発を行うPainChekはこのほど、「高齢者ケアにおける現代の疼痛評価」と題した詳細なレポートを公開した。ここでは、既存のゴールドスタンダードと言える疼痛管理を「テクノロジーを利用することでどうサポートできるか」に焦点を当てた解説がなされており、疼痛評価をいつどのように実施するかのガイダンスも併せて提供する。PainChekアプリは、臨床スタッフが検出できない「微妙な表情変化」を評価することで、鋭敏かつ正確な疼痛評価を実現するとし、精度95%・感度96%・特異度91%を謳う。 5月にはPainChekアプリのアップグレードが発表されており、豪州・英国で実臨床導入の拡大を続ける同アプリは、ユニバーサル疼痛評価ソリューションとしての立ち位置を確かなものにしようとしている。 関連記事: 豪PainChek – 表情分析AIアプリで認知症高齢者の痛みを代弁 痛みを数理モデルで解釈する NLPとAI – 患者フィードバック解析についてのシステマティックレビュー

WHOの新指針 – 医療AIの倫理およびガバナンス

AIはヘルスケアにおける躍進も顕著であり、医療者・患者を問わず、その可能性には大きな期待が抱かれている。世界保健機関(WHO)は28日、「AIの設計・展開・使用の中心に倫理と人権を据えること」を求める新たな指針を公表した。 「医療AIの倫理およびガバナンス」と題されたこのレポートは、WHOが設定した専門家パネルが2年間の協議によって得た成果をまとめたもの。WHOのディレクターであるTedros Adhanom Ghebreyesus氏は「この新しいレポートは、リスクを最小限に抑え、落とし穴を回避しながら、AIのメリットを最大化する方法を各国に提供するものだ」と述べる。レポート内ではAIの有用性に多面的に触れており、特に医療リソースの乏しい国や地域における活用が、医療格差是正に寄与する可能性などを強調している。一方で、AIの健康メリットを過大評価しないよう求めるとともに、健康データの非倫理的収集や使用、アルゴリズムにエンコードされたバイアス、サイバーセキュリティなどの問題点にも言及している。 レポートは一貫して「倫理と人権への配慮」が欠かせない点を各所で指摘し、政府やヘルスケアプロバイダーおよび開発者は、AIテクノロジーの設計・開発・展開のあらゆる段階でこれを重視しなければならないとする。AIによってもたらされる利益を最大化するとともに、不利益を最小化するための有用なガイダンスとして、急速な参照数の増加が続いている。 Ethics and governance of artificial intelligence for health 関連記事: 米ホワイトハウスがAI規制のガイドラインを策定 COVID-19へのAI応用の倫理を問う研究 EU – 欧州最大の病理画像データベース構築へ

受精胚の染色体情報をタイムラプス画像から評価

不妊治療における体外受精では、受精した胚から細胞を採取して正常な染色体を持つことをチェックする操作過程(PGT-A: Preimplantation genetic testing for aneuploidy)がある。その操作による胚へのダメージリスクを減らす非侵襲的な方法が近年模索されている。 EurekAlert!のニュースリリースでは、欧州人類発生学会(ESHRE)の2021年次総会で発表された「正常染色体を有する胚をタイムラプス画像からAIで識別する研究」が紹介されている。同研究はスペインの生殖医療グループIVIRMAから発表された(Presentation O-084)。タイムラプス(低速度撮影)から得られる画像情報に基づき、AIアプローチによって細胞活動を定量化することで、胚の染色体情報について「侵襲的な細胞生検と同等に評価できる可能性」が示された。現状では正常と染色体異常の識別は73%程度の感度と特異度という。 これまで検討されてきたその他の非侵襲的な手法としては、胚が発育する培養液を分析するものがあった。同研究の責任者であるMarcos Meseguer氏は「私たちのタイムラプスによる手法は識別能力としてはまだ限定的だが、培養液から遺伝子を解析する従来法に比較して、迅速で経済的にも優れている」として、不妊治療に臨む患者にとって治療のタイムラグと金銭的負担を軽減できる可能性を強調している。 関連記事: 精子の細胞内pHから「体外受精の成功」を予測する機械学習アルゴリズム 精索静脈瘤による男性不妊を予測するニューラルネットワーク 体外受精の成功率を高めるDeep Learning技術

サイバー攻撃によって50万人の患者情報が流出

アイオワ州に展開するWolfe Eye Clinicは、州全体として11のクリニックを運営する有力ヘルスケアプロバイダーとして知られる。このほど同クリニックは「サイバー攻撃によって、約50万人の患者情報が流出した可能性がある」事実を明らかにした。 Wolfe Eye Clinicによると、実際にサイバー攻撃を受けたのは本年2月で、不正アクセスの検出後「速やかに対応」し、一部のシステムや情報へのアクセスを遮断したという。ハッカーからは身代金の要求があったが、支払いは行っていないとする。その後、サイバーセキュリティの専門家からなる第三者委員会による調査を継続した。結果、約50万人の患者情報が流出した可能性があり、これには名前・生年月日・住所・社会保障番号に加え、高度の医療および健康情報が含まれ得るという。Wolfe Eye Clinicは追加的なセキュリティ対策を講じて再発防止に努めるとともに、流出が疑われる個人情報のモニタリングを継続する。 今月初め、「米国司法省は、ランサムウェアの調査をテロ同様の優先レベルに引き上げること」をロイターが報じている。また、バイデン政権は「他国によってもたらされたサイバー攻撃には軍事行動さえ検討し得る」ことを明らかにしており、米国がサイバーセキュリティを巡る脅威の認識を深めている事実が浮き彫りとなっている。 関連記事: 医師は「サイバー攻撃のリスク」を患者に伝える必要はあるのか? 医療と健康を人質にとるランサムウェアの脅威 IBM Study – ヘルスケアデータ漏洩は莫大なコスト負担に

皮膚パッチで結核を迅速にトリアージできるか?

結核初期における既存の診断方法は、時間がかかる、高価である、専門人材を要する、などの点で蔓延地域における低所得国にとっては敷居が高い。例えば、1回2.6~10.5ドル程度の喀痰吸引検査は1日1ドルで生活する地域にとっては負担が大きく、確定診断まで複数回の医療アクセスを必要とすることにも困難が伴う。 テクニオン=イスラエル工科大学の27日付ニュースリリースでは、同大の研究グループが開発した「皮膚パッチによる迅速かつ非侵襲的な結核診断法」を紹介している。A-patchと呼ばれるシール状の皮膚パッチは腕に貼って利用し、結核患者の皮膚から放出されるトルエンなどの揮発性有機化合物を捉え、機械学習手法で解析する。学術誌 Advanced Scienceに掲載された研究成果では、インドと南アフリカで行った検証において、90%以上の感度と70%以上の特異度を示した。 この結果はWHOの規定するトリアージテストの要件を満たしており、実用化の可能性を秘めている。プロジェクトリーダーのRotem Vishinkin氏は「グループが開発しているプラットフォームは、安価で迅速かつシンプルで専門人材も必要ない」と述べ、世界各地の医療過疎地域で効果的な結核診断法として普及できるよう開発と検証を進めている。 関連記事: 胸部X線画像のスマホ写真撮影で結核を診断するAI – RSNA 2020年次総会より ポータブルで結核の高精度検出が可能なAIデバイス AI画像診断でインドの結核を撲滅 – スタートアップ Qure.ai 機械学習フレームワークによる「結核治療の失敗予測」

著名な敗血症予測ツールの「精度が低いこと」を研究者らが指摘

現在米国で半数以上の病院に実装される敗血症予測ツールについて、「開発元が公表した予測精度を全く維持していない」事実が指摘された。米疾病予防管理センター(CDC)の推計によると、院内死亡患者の3人に1人が敗血症という現状があり、臨床医は敗血症リスクの程度とその早期発見、早期治療に強いモチベーションを持つ。臨床的意思決定をサポートする主要なシステムに疑問符が付いたことで、今後AIシステムの臨床的有効性、特に精度評価・管理において大きな議論を呼びそうだ。 ミシガン大学がこのほど明らかにしたところによると、評価対象となったのはEpic Systemsが提供する敗血症予測ツールで、実臨床現場において敗血症リスクを正しく識別したのは63%にとどまるという。これはEpic Systemsが報告する76-83%の予測精度と大きく乖離している。また、同ツールは全患者の5人に1人にアラートを出しており、全入院患者でみた場合、入院期間中の敗血症発症率を考慮すると、真の敗血症1例を見つけるために8人の被アラート患者を精査する必要があるという。これは臨床ワークフローおよび医療コストの観点から大きな負荷を与え得るもので、状況を看過することはできない点に言及する。 JAMA Internal Medicineから21日公開されたチームの研究論文によると、この精度低下はEpicのモデルが「敗血症発症を請求コードのみで定義付け」しているためであるとする。つまり、臨床的な敗血症発症とそのタイミングは多様で、保険請求コードだけでは適切に捉えられないというものだ。研究チームは臨床ソフトウェアツールに対する監視規制、およびガバナンスの強化を強く求めている。 関連記事: 造血幹細胞移植のレシピエントにおける「敗血症発生」を予測する機械学習モデル AIモデルは「ショートカット」に依存している? 従来型の医療データベースにAIを適用する限界 – 米イェール大学 医師のAI使用の責任はいつどこで増大するのか? ヘルステックとしてAIが最も影響力を持つ2020-21年

歯を失う人を歯科検診なしでスクリーニングできるか?

低所得者など社会的弱者が歯を失うリスクが高いことは、以前から知られてきた。それら社会経済的な要素を組み込んだ機械学習によって、歯科検診を受けずとも歯を喪失するリスクが高い人を特定するアルゴリズムが、ハーバード大学歯科医学校のグループによって研究されている。 PLOS ONE誌に掲載されたチームの研究論文によると、関節炎・糖尿病などの基礎疾患情報に加えて人種・教育を含む社会経済的因子を考慮したアルゴリズムを構築することで、歯の完全喪失をAUC 88.7%、機能的歯列の欠如をAUC 88.3%、いずれかの歯の欠損をAUC 83.2%で予測できたとする。これは「歯科の臨床指標のみに依存したアルゴリズムよりも優れていること」を示しており、社会経済的因子が歯の喪失に与える影響が強調された形となる。 ハーバード・メディカル・スクールの23日付ニュースリリース内では、この手法により「世界中あらゆる医療現場において、歯科の専門家ではなくてもスクリーニングできるようになるかもしれない」とグループの代表で同大の口腔保健政策・疫学准教授であるHawazin Elani氏は述べている。このスクリーニングツールが機能することで、自力では歯科検診行動につながらない集団に対して、歯科受診へ誘導できることが期待されている。 歯科のAI導入を促進する団体「DAIC: Dental AI Council(歯科AI協議会)」 Denta Mitra – 歯科モバイルアプリを展開するインドのスタートアップ 健康への社会的決定要因を評価するAI手法 健康の社会的決定要因を抽出する自然言語処理アルゴリズム

冠動脈CTAのAI解析「Cleerly」 – 4300万ドルのシリーズB資金調達

心臓の冠動脈が狭窄・閉塞することで、狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患が引き起こされる。冠動脈を詳細に画像化する心臓CTA(Computer Tomography Angiogram)は、欧州のガイドラインを中心に冠動脈疾患の検査では第一選択となってきた。心臓CTAの解析AIを開発するスタートアップに米Cleerly社がある。 Cleerly社による21日付ニュースリリースでは、4300万ドルのシリーズB資金調達の開始を発表している。同社のFDA認証済みのAI技術は、冠動脈全体から動脈硬化を含む心血管障害の特性を捉え定量化する。AIの性能は学術誌 Journal of Cardiovascular Computed Tomographyに発表され、70%以上の冠動脈狭窄を99.7%の精度で検出できるとする。 Cleerly社は資金調達によってパートナーシップの拡張を図るとともに、需要に応えるための規模拡大を目指している。TechCrunchのリリースでは研究チームのMin氏が「これまで目立たない存在であった我々だが、需要を満たすための準備を整え、表舞台に出ようとしている」とコメントした。 低線量CTへのAI利用 – 心血管疾患リスクを推定 Ultromics – 心臓超音波画像から冠動脈疾患発症を予測するAIシステム 心臓MRIの解析から重篤な転帰を予測するAI

医療AI市場のCAGRは42.8%の高水準へ

ヘルスケアにおけるAIの急進は言うまでもないが、最新の市場調査はこれを裏付けている。Allied Market Researchによる直近の報告では、医療AI市場は2027年までに99.5億ドル規模(約1.1兆円)に達し、その年平均成長率(CAGR)は42.8%ともなるという。市場規模の推定値は各社大きな隔たりがあるが、その成長速度が急激であることは一貫している。 Allied Market Researchがこのほど明らかにしたところによると、2019年段階では48.3億ドル規模とされた同マーケットは、あらゆる医療シーンにおけるAI導入が進む現状を反映し、急速な拡大傾向を示しているという。医療AI市場におけるアルゴリズム別分析では、自然言語処理セグメントが2019年から引き続き、2027年まで最大シェアを維持するとのこと。 精密医療の加速と同領域への投資急増は、グローバルAIの成長を後押しし、ヘルスケアにおけるビッグデータ収集環境の充実と利用機会増が市場の成長を補完している。 関連記事: 2030年までに精密医療市場は7388億ドル規模に ヘルスケアAR・VR市場は2025年までに51億ドル規模に 米国放射線科医の約30%がAIを使用 – 2020年ACR調査 Amazon Careの激震 Amazon Care – 忍び寄る遠隔医療業界の「Xデー」

肺がん免疫療法への治療反応性を予測するAIモデル

免疫チェックポイント阻害薬は、免疫抑制シグナルの伝達を阻害することで、免疫細胞の働きを活性化し、がん細胞への攻撃を促すもの。米フロリダ州タンパに所在する非営利のがん治療・研究センターであるMoffittの研究チームは、PET/CT画像からPD-L1の発現状態を識別し、免疫療法に対する肺がん患者の治療反応性を予測する深層学習モデルを開発した。 Journal for ImmunoTherapy of Cancerからこのほど公開された研究論文によると、3つの医療機関から計697人の非小細胞肺がん患者データを集め、このアルゴリズムをトレーニングしたという。結果、PD-L1陽性患者と陰性患者をAUC 0.82以上と比較的高精度に識別した上、アルゴリズムによって導かれたスコアは、全生存期間の予測において、生検による免疫組織学的評価によるものと明らかな差を認めなかった。 研究成果は「免疫チェックポイント阻害薬に反応するかを判断するためだけの生検」を回避させ得るもので、肺がん免疫療法における臨床的意思決定を支援する非侵襲的評価法の実現可能性が高いことを示唆している。 関連記事: 脳腫瘍の生検回避を助けるAI技術 大腸がん免疫染色から分子標的薬の効果を予測するAI研究 がん免疫療法の弊害を受ける患者をAIで予見できるか?

細菌を嗅ぎ分ける人工鼻「C-dot-IDEs」

昔から臨床現場では、細菌に感染した傷口から緑膿菌など特有の匂いを嗅ぎ分ける、といった経験的な知恵があった。近年のナノテクノロジーの発展により、微生物が放出する蒸気(VOC: 揮発性有機化合物)を「人工鼻」で識別する技術が実用化されてきた。 イスラエルのネゲブ・ベン=グリオン大学(BGU)からのニュースリリースによると、BGUのチームがカーボンナノ粒子(carbon dots: カーボンドット)を用いた人工鼻によって細菌の検出と識別を可能とする技術を開発している。成果はNano-Micro Letters誌に発表された。人工鼻はカーボンドットを塗布した高密度電極(IDE)が静電容量の変化を捉えることで蒸気を感知し識別する。そこに機械学習アルゴリズムの解析が加わり、細菌ごとに特徴的な揮発性化合物の「指紋」を識別可能となる。 人工鼻のプラットフォーム「C-dot-IDEs」は、堅牢で安定した性質、再利用可能、安価な構成といった特徴を有すると研究チームは考察している。人工鼻技術は今後、医療施設内での細菌の識別、細菌検査の迅速化、呼気検査への応用、食品の腐敗検出、有毒ガスの識別といった無限の可能性を秘めているとして、開発チームはイノベーションを加速させようとしている。 関連記事: 「電子の鼻」で卵巣がんと膵臓がんを血液から検知 犬の嗅覚を模倣した人工嗅覚システムで前立腺がん検出 COVID-19を識別する呼気チェッカーの研究開発 人工知能で人間の嗅覚をモデル化 Intelが発表したコンピュータチップLoihiによる人工嗅覚

Insilico Medicine – シリーズCラウンドで2億5500万ドルを調達

香港拠点のAI創薬スタートアップであるInsilico Medicineは、同社のシリーズCラウンドとして2億5500万ドルを調達した。本ラウンドは、米ニューヨークを本拠とするプライベートエクエイティファームのWarburg Pincusが主導している。 22日、Insilico Medicineが明らかにしたところによると、今回の調達資金により複数の臨床試験を推進することを通し、AI・創薬機能の開発強化に充てるとしている。Insilico Medicineは2014年の設立以来、3億1000万ドル以上を調達、130を超える査読論文を発表し、30を超える特許を申請してきた。 また、Warburg Pincusは1994年以降、中国において140社に約140億ドルを投資した実績を持つ。なかでも、ヘルスケアセクターには18.5億ドル以上を投資し、近年医療AIへの関心を高めていた。 関連記事: 香港AI創薬 Insilico Medicine – 新型コロナウイルス治療薬候補の分子化合物を無料公開 独バイヤスドルフのスキンケア製品開発 – Insilico Medicineの次世代AIを活用 AI創薬スタートアップ Insilico Medicine たった21日で有効な薬剤を設計

COVID-19時代 – 空港利用者の安全性確保とタッチレス技術の台頭

新型コロナウイルス感染症とともに生きる時代にあって、空港・航空会社・規制当局は、安全性確保を前提にした空港運営のためのグローバルなフレームワーク確立が求められている。米カリフォルニア州マウンテンビューに本社を置くコンサルティング企業「Frost & Sullivan」は、フランス大手の電機企業「Thales Group」と共同し、空港における安全性管理についてのレポートを公開した。 21日、Frost & Sullivanが明らかにしたところによると、「ポストCOVID-19時代、空港における不確実性・リスク・安全性をどのように管理できるか」と題した分析報告を公開した。これはThales Groupおよび航空専門家の洞察を仔細に分析したもので、COVID-19パンデミックに伴う航空業界の傾向を探った上で、現時点での空港ターミナルにおける課題に焦点を当て、そのソリューションを示すもの。同レポート内では、 AIベースのセキュリティシステムにアップグレードし、より迅速かつスマートに自動化されたデータ処理プラットフォームの提供 乗客およびスタッフの安全性確保のため、体温測定や生体認証に関するタッチレステクノロジーの導入 意思決定プロセスのグローバル化 WHO、ICAO、IATA、ACIなどとの連携による標準化されたプロトコルの開発推進 情報共有によるフィールド操作の最適化 などを求めている。 タッチレスは日常のあらゆる場面で急速に普及しているが、国・地域単位での感染拡大予防の観点から、空港における同技術の導入と徹底利用は欠かせない。技術導入によるオペレーションの変化に加え、セキュリティおよび特有のトラブルシューティングにまで対応する管理プラットフォームの確立は喫緊の課題となっている。 関連記事: 新型コロナとAI:医療AIで新型コロナウイルスに立ち向かう最新テクノロジーまとめ 救急科AI – COVID-19の増悪を予測するマルチモーダルAIシステム WhatsAppのAIチャットボットによるドバイのコロナワクチン予約 Twintの活用 – 新型コロナワクチンに対するインド国民の感情分析

骨粗鬆症と骨折を評価するAI研究の懸念と将来性

骨粗鬆症と骨折をAI手法によって検出・予測する研究が盛んになってきている。カナダ・マニトバ大学のグループは、これまでに示された89報の論文をレビューし、同領域の研究手法に技術的および臨床的な懸念が残っていることを示した。 著者のひとりで同大学の放射線医学教授であるWilliam D. Leslie氏は、メディアHealioのインタビューに対し「我々のレビューでは、各研究の質には大きな幅があることが観察され、用意した12点満点のチェックリストでの平均スコアは6点であった」と語る。レビュー論文はJournal of Bone and Mineral Research誌に報告された。特に各研究の大きな限界として、機械学習モデルの選択に関して報告が不完全であったり、データが不適切な分割をされていること、外部検証を行われた研究が少ないことなどが挙げられている。 研究グループは「課題は残るものの、骨粗鬆症と骨折の診断・検出に機械学習アプローチを用いることは有望である」として、共通する落とし穴を避けるために機械学習モデルの開発とその成果を報告する際には、標準化されたチェックリストの使用を奨励している。Leslie教授は「機械学習手法の進歩につれて、臨床医とAIモデルのどちらを信用すべきかというジレンマが生じていく。学習し変化していく技術をどのようにライセンスするのか悩ましい問題であり、アルゴリズムの安全性を担保する規制と承認プロセスで、信頼を確保する方法を見つけなければならない」と述べる。 関連記事: 今こそ骨粗鬆症の予防を – Zebra社が椎体骨折検出AIでFDA承認追加 骨粗鬆症を防ぐ大規模AIプロジェクト – EUREKAフレームワークへの採択 骨粗鬆症リスクを見逃さないために – AIソフトウェア「XRAIT」

ヘルスケアを革新する5つのヘルステックスタートアップ

2021年、テクノロジーの力によって医療の質とアクセシビリティは、これまでにないほど高水準に高められようとしている。The Medical AI Timesでは数多くの医療AIスタートアップを紹介してきたが、これまでに詳細を取り上げていないものの中にも巨大なインパクトをもたらす企業が多く含まれている。今回はこれらのうち、5つを紹介しておこう。いずれも、業界内に多大な爪痕を残しており、今後もその動向を追う価値のあるスタートアップと言える。 1. Wellframe ボストンを拠点とするスタートアップ。ユーザーフレンドリーなスマートフォンアプリによって、種々のリマインダーを提供するデジタル健康管理プラットフォームを構築する。 2. Prognos ニューヨークを拠点に、大規模レジストリを展開する。1億8500万人の臨床データを保有し、これには最大で160億件のレコードを含む。分析AIアルゴリズムによって、実臨床および臨床研究の質的向上を推進する。 3. Hinge Health サンフランシスコ拠点で、関節痛および腰痛に特化したデジタルプラットフォームを提供する。ウェアラブルデバイスを利用することで体動の管理、神経刺激による疼痛緩和を狙うほか、1対1の健康指導、教育動画の提供などもカバーする。予防から術後までの筋骨格ケア管理システムとして期待が大きい。 4. Meditopia ベルリンとイスタンブールを拠点に、睡眠改善・ストレス軽減・メンタルレジリエンス構築を目指した瞑想アプリを提供する。非英語圏マーケットを中心として、1400万人を超えるメンバーにコーチングを行った実績を持つ。 5. Doximity 医師向けのオンラインネットワーキングサービス。高いセキュリティレベルとクローズドなコミュニケーションツールによって、診療内容までを共有し協議する場を提供する。現在医師会員は100万人を超え、米国医師の70%以上が利用する。遠隔医療にも機能拡張を進め、本年6月の新規株式公開では5億ドル超の調達を目指している。 関連記事: Forbes AI 50 – 2021年注目すべきAI企業トップ50 2021年最新「世界の有望AIスタートアップ Top 100」 メンタルヘルスケアにAIを用いるスタートアップ5選 世界スマート病院ランキング2021

南アフリカ農村部でのREASSURED診断 – HIV迅速検査読み取りAIアプリ

「REASSURED診断」と呼ばれる低・中所得国における深層学習利用の新たなパラダイムが提唱されている。REASSUREDは、以下の頭文字を目標とする。 「Real-time connectivity(リアルタイム接続)」 「Ease of specimen collection(検体採取の容易さ)」 「Affordable(手頃な価格)」 「Sensitive(高感度)」 「Specific(高特異度)」 「User-friendly(ユーザーフレンドリー)」 「Rapid(迅速)」 「Equipment-free(機器不要)」 「Deliverable(配送可)」 英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のニュースリリースによると、同大学のグループは南アフリカ農村部において「HIV迅速検査の画像をタブレット端末を用い、ディープラーニング手法で分類する」フィールドワークを行っている。学術誌 Nature Medicineに掲載された研究成果は、モバイル機器のカメラとセンサー、エッヂでの処理能力、データ共有の可能性を、HIVの検査結果読み取りAIアプリで検証している。種々の条件下で行われたHIV迅速検査11,000枚以上の画像から機械学習アルゴリズムが構築され、陰性・陽性に分類する精度を訓練を受けた医療スタッフが目視で解釈した場合と比較した。その結果、目視の精度92.1%に対して、モバイルアプリでは精度98.9%と優れたパフォーマンスを発揮した。さらにアプリは高いレベルの感度(97.8%)と特異度(100%)も両立する。 「現実世界」のHIV迅速検査で、深層学習による高精度な画像分類に成功した研究成果は、低・中所得国においてモバイルヘルスツールがもたらすポジティブな可能性を示している。著者のValérian Turbé氏は「現地で一緒に過ごした経験から、人々が基本的な医療サービスを受けることがいかに難しいかを目の当たりにした」と語り、ツールが役立つ将来を期待する。デジタルヘルス研究が主流になるにつれ、その恩恵に影響する所得格差への懸念も生じてきた。REASSURED診断というパラダイムで、世界で最も助けを必要とする地域に新技術の有用性と利益をもたらす取り組みが続く。 関連記事: CheXaid – HIV患者における結核診断支援AI COVID-19迅速抗原検査をAIで識別 – Laipac Technology社「LooK SPOT」 ケニア農村部で検証したAI支援の子宮頸がん細胞診 医療過疎地の住民をAIが救う – iFlytekとJF Healthcare 中国農村部での取り組み AI利用の現代版配置薬 OKIGUSURIがアフリカで医療改善...

認知症支援チャットボットの可能性と改善点

過去10年間において、認知症患者およびその介護者を支援するためのIT活用事例が急増した。なかでもチャットボットはその手軽さと親しみやすさなどから、ユーザーからの人気が高い。ただし一方で、認知症支援を巡るチャットボットテクノロジーが実際にどのように役立つのかについて、詳細に検討した研究は限られている。 カリフォルニア大学リバーサイド校などの研究チームは、認知症支援チャットボットの種類を特定し、機能とコンテンツの観点からその品質を評価する研究を行った。成果はJournal of Medical Internet Researchからこのほど、オープンアクセス論文として公開されている。研究チームは、Google Playストア、Apple App Store、Alexa Skills、およびインターネットでの体系的な検索によって、505の認知症支援チャットボットを特定した。そのうちの6つが基準に適合し、仔細なレビューに進んでいる。特定されたチャットボット群は認知症教育と記憶力トレーニングに偏っており、介護のスキルや活動に寄り添うものはみられなかった。また、全てのアプリが利用開始に一定のITスキルが必要となり、PCやインターネットへの習熟が無い人、または認証患者において見過ごせないハードルとなっている点も指摘している。 著者らは「全体として非常にうまく機能している」点を強調した上で、上記に加えて倫理・プライバシーの懸念にも言及する。現に、十分な倫理的配慮とプライバシー保護基準を満たしたのは2つのアプリのみで、他には種々の限界が内包され、速やかな改善を行う必要があるとする。現在不足し、今後重点的に開発を進めるべき認知症支援チャットボットとして、1. 確たるエビデンスに基づき情報・アドバイスを提供するもの、2. 心理的サポートを効果的に提供するもの を挙げており、介護者の負担軽減および認知症患者の自律的ケアに資する研究開発を推奨している。 関連記事: 認知症を持つ人々のためにテクノロジーができること 新時代の時計描画テストがアルツハイマー病を早期検出 アルツハイマー病に既存薬再利用を促進するAI研究 全ゲノムシーケンス分析 – 13の新しいアルツハイマー病遺伝子が明らかに

反科学的イデオロギーをTwitterから追跡する研究

ソーシャルメディアにおいて、COVID-19に対する反科学的な見解は政治的イデオロギーと密接に関係していることが指摘されている(過去記事)。南カリフォルニア大学(USC)のグループによって、Twitterからの機械学習による解析で「反科学的な意見と保守的政治イデオロギーの密接な関係を明らかにし、特定地域での反科学的感情の高まりを特定する」研究成果が発表されている。 USCのニュースリリースでは、オープンアクセスの学術誌 Journal of Medical Internet Researchに掲載された同研究を紹介している。研究チームは、リベラル派と保守派、親科学派と反科学派、強硬派と穏健派という、3組の対立するグループ分類で、2020年1月〜4月の米国内のtweetをもとにCOVID-19と公衆衛生に関する意見を解析した。その結果、反科学+保守では「陰謀論など政治的トピックス」に注目しており、親科学+保守では「世界的アウトブレイクと発症者のカーブを平らにする予防策」に重点を置いていた。また、後にCOVID-19の致命的な急増に見舞われることになる山西部と南部の州では、アウトブレイク前から既に反科学的意見の高まりがみられていた。 研究チームによると、研究成果から最も勇気づけられた結果として「親科学+穏健というユーザーの数が、反科学のユーザー数を圧倒的に凌駕している」点を挙げている。また、「調査結果は政策立案者や公衆衛生担当者にとっても有益であり、国内の特定地域で反科学的感情の高まりを検知できれば、不信感を和らげるためのメッセージを送り、その地域での病気の発生に備えることができる」と著者らは主張している。集団免疫の達成という目標の実現には、ソーシャルメディアの動向を追跡する手法がこれからも有効性を示していくだろう。 関連記事: SNSが健康の信念に与える感染力はCOVID-19よりも強い? テクノロジーはCOVID-19ワクチン接種率を高められるか? SNS上でのCOVID-19陰謀論の進化を追跡するAI研究 COVID-19ワクチンに対する国民感情をSNSからAIで解析

AIに臨床的な共感を代替させてはいけないのか?

AIの活用が臨床医学において有望な結果を示す一方で、臨床的な「共感」の問題は現在のAIアプローチでは解決できないと、米カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)の生命倫理学教授で臨床的共感の専門家であるJodi Halpern博士が意見を提起している。 UCバークレーのニュースリリースでは、Halpern教授が学術誌AI & SOCIETYで発表した「共感型AIの原理的障害:ヘルスケアでなぜ人間の共感を代替できないのか」という論文を紹介している。Halpern教授は、臨床的共感が患者の治療成績を向上させる3つの要素、①正しい診断のための良好な病歴聴取において医師が共感を示した場合、患者は多くの情報を開示する、②治療結果は患者が治療を守るかにかかっており、治療継続を予測する最大の要因は医師への信頼である、③共感的な文脈で伝えられた悪い知らせには患者はうまく対処できる、と例示している。これらを踏まえると、臨床的な対話の場にAIを使用することは、苦痛を感じている患者にとって真の人間的な共感に対する期待を損なうため、非倫理的であると結論づけている。 Halpern教授は「AIが医療のあらゆる側面に貢献することがあっても、治療上の共感を得るために主治医と患者の関係に取って代わるような使い方はしないでほしい」と語っている。AI研究では、その用途や範囲に「原理的な(in principle)」制限はないという考えが主流となっている。しかしHalpern教授らは論文の中で、共感型AIは不可能、または非道徳的、あるいはその両方であるとして、そこに原理的な障害があると主張している。同論文の問題提起は、我々が医療サービスにおけるAIの可能性を考える際に念頭におくべき重要な視点かもしれない。 関連記事: 世界の精神科医たちは医療AIを強く疑っている? – SERMOの国際意識調査から The Orsini Way – 医師の「共感力」を高めるデジタルプラットフォーム AIが事務作業を削減すると医師の仕事に魅力が生まれるか?

精神疾患治療のアドヒアランス不良を検出するAIシステム

精神疾患治療において通院継続の失敗、服薬の自己中断などは増悪と再発の主要なリスクとして知られる。このようなアドヒアランス不良を早期に自動検出し、積極的なフォローアップを実現するAIシステムの有効性が検証された。 オーストラリア・アデレードに所在するフリンダース大学などの研究チームは、メディケアデータを利用し、精神疾患患者のアドヒアランスリスクをモニタリングするAIツールを開発している。Australian & New Zealand Journal of Psychiatryから公表された研究論文によると、同チームはAI2 (Actionable Intime Insights)と呼ばれるこのツールの臨床的有効性を、304名の精神疾患患者において検証した。結果、AIは142名(46.7%)にアドヒアランス不良のリスクがあるとしてフラグを立て、臨床医によるレビューを経て実際に31名に対して介入が行われた。また、フラグが立てられた患者は年齢が高く、過去の精神疾患治療エピソードが多いという傾向を持ち、高機能病院から一般開業医に移された患者においてより多くのアラートと実際の介入を受けていた。 著者らは「アドヒアランス不良のデジタルモニタリングは可能であり、地域のメンタルヘルスケアおよびプライマリケアの臨床ワークフローに統合できる」とした上で、このテクノロジーがケアプランへの非遵守行動を早期に検出し、疾患増悪や再発の予防に貢献する可能性が高い点を強調する。 関連記事: イタリア PatchAiとロシュ – がん患者健康管理AIプラットフォーム Biobeat – リモート患者モニタリングプラットフォームでCEマーク認証を取得 WHOにとって最初のバーチャルワーカー「Florence」 糞便から食生活を予測するAI研究

韓国Lunit – KRX上場への足取り

ソフトバンクも出資する韓国の医療AIスタートアップであるLunitは、胸部レントゲンやマンモグラフィの診断支援AI開発などに強力な実績を持つ。近年はGE HealthcareやPhilipsをはじめ、大手ベンダーとの提携を積極的に進めることで国際展開を加速させている(過去記事)。 米国臨床腫瘍学会(ASCO)の年次総会がこのほど開催され、Lunitは4つの臨床試験結果を公表した。その直後、14日に規制当局の技術評価に合格したことが報じられ、韓国取引所(KRX)を介した新規株式公開(IPO)に大きく近付いた現状が明らかにされている。KRXは技術例外ポリシーにより、特に優れた技術を持つ企業はIPOまでのプロセスを簡略化できる。これには、KRXが指定する2つの機関から少なくとも「A」および「BBB」の評価を取得する必要があるが、Lunitは2つの技術評価機関からいずれも「AA」を取得したという。 Lunitはこれを受け、下半期に上場に向けた事前審査を申請する予定。Korea Biomedical Reviewの取材に対し、Lunit CEOのSuh Beom-seok氏は「我々のAI技術が認められたことを嬉しく思う。がんの効果的な診断と治療の新しいスタンダードを確立するため、研究開発と事業を拡大し続けたい」と話している。 関連記事: 欧州放射線学会 ECR 2021 – PhilipsとLunitがX線診断AIでの提携を公表 Lunit – 肺がん検出におけるAIの有効性検証試験結果を公表 韓国Lunit – マンモグラフィ診断支援AIの臨床試験へ

健康への社会的決定要因を評価するAI手法

健康への社会的リスク因子(SRFs: social risk factors)が注目されている。そのリスク評価へのAI手法適用についても多方面から模索が続いているが、米ノースカロライナ州拠点の非営利研究機関 RTI Internationalのグループによる研究成果の一例を紹介する。 医療情報管理システムの非営利団体「HIMSS」が運営するメディア Healthcare IT Newsでは、今年8月9〜13日に開催される国際会議 HIMSS21で、RTI Internationalの研究グループが発表予定のセッションを紹介している(抄録参照)。同グループは「機械学習を用いて、国勢調査レベルでの平均寿命の差異をSRFsから理解できる」とする研究成果を示す。同成果では、平均余命や乳児死亡率といった集団の健康指標に対し、SRFsによってその73~99%を説明可能であることを明らかにしている。 失業・教育・住宅・食糧・交通手段といった要因によって、人々が適切な治療を受けたり治療計画に従うことをどれだけ困難とするか、近年の医療システムの中でようやくその事実が受け入れられ始めている。個人の努力ではコントロールの難しい社会的リスクに対して、SRFsを医療保険などの支払いシステムに組み込むことも検討されつつあり、リスク因子の探索とその影響を評価する研究成果には大きな価値がある。AIの活用によって、健康における社会的不平等をもたらす要因の解明が進み、その対策法を明らかにできるか、注目の領域と言える。 関連記事: 健康の社会的決定要因を抽出する自然言語処理アルゴリズム AIが疼痛評価の社会的不平等を是正? – Nature Medicine 論文 健康の人種格差解消の鍵は地域の理髪店に

「薬物過剰摂取による死亡」の予測モデル

米国疾病予防管理センター(CDC)によると、米国での「薬物過剰摂取による死」は1999年以降4倍と急速な増加を示している。また、近年の薬物過剰摂取による死の70%以上がオピオイドに関連し、違法に製造されたフェンタニル(合成オピオイドの一種。WHO式がん疼痛治療法の最終段階で用いられる強オピオイド)がこれの主要な因子として挙げられる。 米サンディエゴ州立大学やカリフォルニア大学サンディエゴ校などの研究チームは、統計モデルを利用し、郡ごとに次年の「薬物過剰摂取による死亡」を予測できるとする研究成果を公表した。論文はLancet Public Healthから、オープンアクセスとして公開されている。研究チームは2013年から2018までのCDCデータを利用し、郡特性と薬物過剰摂取による死亡との関連を記述する統計モデルを設計・トレーニングした。著者らは「過去1年間にのみ依存した単純なベンチマークと比較して、致命的な過剰摂取率が高い郡の予測に大幅な改善をもたらした」とする。 また、研究成果からは「隣接する郡での薬物過剰摂取の増加が、将来の過剰摂取増を強力に予測する事実」を明らかにしており、薬物過剰摂取の流行が地理的に波及する実態を浮き彫りにした。研究チームは現在、OD Predict Explorerと呼ばれるウェブアプリケーションを公開しており、ユーザーがこの予測モデルの有効性を個々に検証できる環境を提供する。今後、同ツールでのリアルタイム予測を実現し、公衆衛生学的政策立案に貢献したいとの意向を明らかにしている。 関連記事: 「薬物過剰摂取による死亡」の正確な時空間マッピング 出生前情報からAIで新生児薬物離脱症候群を予測 AIが薬物乱用から若年ホームレスを救う 実験と機械学習モデルの融合 – 薬物送達システム研究へのAI利用

眼に触れずに光音響画像を得る新研究

レーザー光による画像検査技術「光音響イメージング」の発展について以前に紹介した(過去記事)。従来ではセンサーを組織表面に押し当てて光音響の画像情報を得ていたものを、非接触のリモートセンサーで画像構成できる「PARS: photoacoustic remote sensing(光音響リモートセンシング)」と呼ばれる新システムの実用化が近年進んでいる。 カナダ・ウォータールー大学のニュースリリースによると、同大学のグループは、PARSの非接触という利点を活かし、機器を接触させることなく眼球組織を画像化することで、酸素飽和度や酸素代謝といった機能的情報が得られるという研究成果をScientific Reports誌に発表した。同システムによって、加齢黄斑変性症・糖尿病性網膜症・緑内障といった失明原因となる疾患についての早期診断、特に症状が出現するよりも早い段階での検出実現が期待されている。 非接触検査は患者の不快感軽減のみならず、感染リスクの低減にも貢献できるため、近年普及が進む注目の領域となっている。研究グループでは「PARS技術は眼科画像検査における現在のゴールドスタンダードを超える可能性を秘めている」と考え、2年以内の臨床試験開始を検討している。同システムは、乳がん・消化器がん・皮膚がんなどの組織への適用や、脳腫瘍の切除時に外科医をガイドするリアルタイムイメージングへの応用も既に始められており、そちらの続報も待たれる。 関連記事: 光音響イメージングのブレイクスルーはAIから? レビュー論文 – 緑内障の診断・進行予測へのAI活用 米国眼科学会2019より – 糖尿病性網膜症のリアルタイムスクリーニングAI 網膜のAI解析でCOVID-19高リスクの基礎疾患スクリーニング – 印ムンバイ市

香港における糖尿病患者の全死因死亡予測モデル開発

糖尿病患者は非糖尿病患者に比して、有意に高い年齢調整死亡率を有する。これは年齢に関わらず、糖尿病に罹患していること自体が死亡リスクを高めることを意味するが、どのような患者背景であることがどの程度の死亡リスクとなるか、仔細に検証した研究成果は限られていた。香港心臓血管生理学研究所の研究チームは、マルチパラメトリックアプローチによる「香港における糖尿病患者の全死因死亡予測モデル」の開発に取り組んでいる。 BMJ Open Diabetes Research & Careからこのほど公開された研究論文によると、2009年の1年間において、香港特定地域に所在する複数の公立病院に通院した2型糖尿病患者を対象にしたという。主要なアウトカムは「全死因による死亡」とした上で、まずCox比例ハザードモデルによって死亡率に対する予測因子を探索し、次にこれらを用いて機械学習モデルによる死亡予測モデルを構築した。評価は5分割交差検証法を用いている。 結果、273,678人の患者が研究対象となり、その後の追跡調査によって91,155人が死亡していた。死亡率への予測因子として高い説明力を示したのは、年齢、性別(男性であること)、ベースラインの併存疾患などの基本属性の他、貧血、好中球対リンパ球比の平均値、高密度リポタンパク質、総コレステロール、トリグリセリド、HbA1cおよび空腹時血糖値などであった。これらのパラメータを組み込むことで、0.73程度のc統計量を持つ従来のスコアベースリスク予測モデルに比して、0.86程度とより高い予測精度を示す機械学習モデルの構築に成功している。 研究成果は、異なるドメインからの変数を組み込んだマルチパラメトリックアプローチ、および機械学習モデルによって2型糖尿病患者の全死因死亡を正確に予測し得ることを示している。これは患者個別評価と高リスク者トリアージの観点から重要な研究成果であり、実臨床利用を想定したスケール化や、他国における追試の進むことが期待されている。 関連記事: One Drop – 8時間血糖値予測AIエンジンでCEマーク取得 電子カルテとAI – 新型コロナウイルス感染後の死亡リスクを高める46の危険因子を特定 機械学習による妊娠糖尿病の早期予測とリスク因子探究 Eyenuk – 米国での大規模な糖尿病性網膜症スクリーニングサービス実施へ

脳年齢を睡眠時の脳波で予測するAI研究

実年齢とは異なる、個人差のある老化や基礎疾患を反映した「生理的年齢」を測るAI解析手法が近年のトレンドとなっている(過去記事1)。以前にも紹介した米国の睡眠AIスタートアップ EnsoData社(過去記事2)を中心に行われた「睡眠時の脳波から脳の年齢を予測するAI研究」を紹介する。 同研究は6月10日から13日まで開催された学会「SLEEP 2021」で発表された(抄録参照)。研究では、ポリソムノグラフィ検査で取得された睡眠時の脳波をディープニューラルネットワーク(DNN)で解析し、「健康な患者では実年齢との誤差を4.6歳で予測」、また「てんかん・脳卒中・睡眠時無呼吸・睡眠障害といった各種の基礎疾患によって、脳年齢の指数(BAI: Brain Age Index)が有意に実年齢と乖離する」ことが示された。 これまでにも脳波から患者の年齢をおおまかに推定して定量化する臨床研究例がみられたが、AIにより患者の脳年齢を推定する今回の研究成果は目新しい。研究グループは、脳年齢指数BAIが脳の健康状態を示すバイタルサインとなり、様々な疾患の診断バイオマーカーとなりうるとして、睡眠時の脳波から得られる指標の価値を強調している。 心電図AI解析が生理的年齢と長生きを予測する あらゆる波のデータから睡眠をAI分析 – EnsoData 睡眠段階を自動解析するAIプロジェクト「U-Sleep 」

Amazon Care – 忍び寄る遠隔医療業界の「Xデー」

Amazon独自の遠隔医療サービス「Amazon Care」について、当メディアでも既に報じている(過去記事:Amazon Careの激震)。Amazonは今夏までに全米50州でのサービス展開を行う計画だが、既に多数の企業から関心が寄せられているという。 Amazonが3月に公表したアプリベースのケアサービスは、遠隔医療業界に多大なる波紋を広げた。ITの巨人による正面突破の領域参入は、既存の小中規模プレイヤーを駆逐する可能性が高く、業界の構図を大々的に書き換えると見られている。Amazonでヴァイスプレジデントを務めるBabak Parviz氏(Google時代にはGoogle Glassプロジェクトを率いた人物)は、The Wall Street Journalが主催したテックヘルスイベント内で「既に多数の企業から問い合わせを受けており、間もなく各社従業員がサインアップして利用できるようになる」と話している。 Amazonはアプリをエントリポイントと捉えた上で、現実の医療サービスとのハイブリッドを実現しようとする。在宅検査サービスの立ち上げに向けた交渉も始めている、とInsiderが報じており、医療相談・受診・検査・治療・経過フォローを含む全ての医療フェーズに関与する包括システムを狙う姿勢も垣間見える。忍び寄る遠隔医療業界のXデーは、今まさに目と鼻の先にある。 関連記事: Amazon Careの激震 USCとAmazon – プライバシー保護を念頭に置いた新しいAIセンターを設立 Amazon HealthLake – 患者情報の標準化と医療ビッグデータ分析の大本命へ Microsoftの医療AI進出 – Nuanceを197億ドルで買収 遠隔医療を助ける新しい自律型ドローン

Canonの画像再構成AI技術がPET/CTでFDA認証取得

Canonが各種検査で画像再構成技術(DLR: Deep Learning Reconstruction)の実用化を進め、規制当局の認証をクリアしてきたことをこれまで紹介してきた(過去記事)。 Canon Medical Systems USAの10日付プレスリリースによると、同社のDLR技術「AiCE」はデジタルPET/CTシステム「Cartesion Prime」における米FDAの510(k) 認証を取得しており、6月12日~15日開催のSNMMI (米国核医学会・分子イメージング学会)2021年次総会でシステムが展示される。AiCEの深層ニューラルネットワークに基づくDLRが分子イメージングの領域にも進出したことで、画質の向上のみならず、患者にとってさらなるスキャン時間および被曝の低減につながる。 がんの全身検索に有効なPET/CTであるが、近年のシステムでも撮像に20分程度の安静が必要なため、姿勢保持が難しい状況の患者にとって負担が大きい。また、検査前1~2時間に検査用の放射性核種(18F-FDG)を静脈注射で体内に取り込ませるプロセスもある。AiCEは検査プロトコルに組み込んでスキャン連動で再構成することにより、AiCEの被爆低減効果を見込んだ最適条件を設定することが可能となり、高速化・低線量被曝の点から患者の負担軽減が期待できる。Canonの技術搭載が各種検査に出揃ってきたことで、DLRにおけるAI技術の実用化はいよいよ身近なものになってきた。 関連記事: Canon – 画像再構成ディープラーニング技術「AiCE」の米FDA承認拡大 Canon – Zebra Medical Visionと提携しAI画像診断を提供 CanonのAIがFDA承認- CTの放射線被曝を低減しながら超高解像度画像を再構成 欧州最大のヘルスケアプロバイダーAffideaがSubtle Medicalと提携 – 高速PET/CTの導入へ

世界スマート病院ランキング2021

米Newsweek誌はこのほど、医療専門家からの詳細な評価に基づく「世界スマート病院ランキング2021」を公開した。これはAIやロボット、高度データ処理技術などを含む「スマートテクノロジー」の領域で世界をリードする250の病院を表彰するもの。ヘルスケア領域におけるスマートテクノロジーはこの2年間に急速な発展をみたが、その背景には新型コロナウイルス感染症の拡大と、それに伴う積極的な規制緩和、新技術への投資拡大がある。 Newsweekの公表したランキングによると、トップ10のうち8つが米国の主要病院となっている。1位から順にメイヨークリニック、ジョンズホプキンス病院、クリーブランドクリニック、マウントサイナイ病院、マサチューセッツ総合病院が挙げられている。欧米諸国に所在する病院を除けば、イスラエル最大のシェバ医療センターが13位、インドのフォルティス記念研究所が23位、シンガポールのジョンズホプキンス・シンガポール国際医療センターが30位となった。日本からは東京大学病院が39位で最高位、京都大学病院が53位、名古屋大学病院が72位と続いている。 医療機関が必要とするスマートテクノロジーの上位には遠隔医療がある。医療提供体制の変革を求められたパンデミック下にあって、ケアの提供・患者モニタリングのいずれについても技術の恩恵は計り知れない。上位スマート病院群は、遠隔医療プラットフォームの実臨床導入を率先して進めたことが1つの特徴となる他、AI・ロボット手術・デジタルイメージング・ITインフラ・EHRなどによって、ヘルスケアの未来を先導している。 関連記事: Forbes AI 50 – 2021年注目すべきAI企業トップ50 2021年最新「世界の有望AIスタートアップ Top 100」 メンタルヘルスケアにAIを用いるスタートアップ5選

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