医療とAIのニュース 2021
年間アーカイブ 2021
COVID-19症状をタンパク質伝達経路から予測
COVID-19の合併症や後遺症が話題となるなか、それが一部の患者だけに起きる原因は何か、という疑問が残されている。米ジョージア工科大学を中心とした研究グループは「タンパク質伝達経路とCOVID-19臨床症状の関連性を予測する」AIベースのツールを開発している。
21日付でNature Scientific Reports誌から公表された研究論文によると、MOATAI-VIR(Mode Of Action proteins & Targeted therapeutic discovery driven by Artificial Intelligence for VIRuses)と呼ばれるこのAIツールは、COVID-19の主要な臨床症状24種のリスクと、その背景にあるタンパク質伝達経路との関連性を予測する。後遺症として注目されている嗅覚や味覚の喪失、ブレインフォグといった症状の多くが「タンパク質伝達経路の誤作動や相互作用による」という仮説からアルゴリズムが構築されている。
MOATAI-VIRの手法は、呼吸不全など特定の合併症を引き起こすタンパク質に優先順位をつけ、治療薬との結合頻度が高いものを探索することなどを可能にする。ジョージア工科大学のリリースによると、研究の責任者であるJeffrey Skolnick教授は「この方法論は決して魔法ではない。意思決定プロセスがうまくいくのに必要なのはわずかな後押しである。もしそこで80%の確率と言われれば、それは十分に試す価値がある」としてツールの価値を語る。MOATAI-VIRツールの詳細は(https://sites.gatech.edu/cssb/moatai-vir/)も参照のこと。
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聴覚医療を変革するAIの力
AIが難聴を解決するまでにはまだ時間がかかるが、その過程には「聴覚医療を再構築する」機会がある。英ユニバーシティカレッジロンドンの神経工学者であるNicolas Lesica氏と、米カリフォルニア大学アーバイン校聴覚研究センターの耳鼻科医Fan-Gang Zeng氏は、Nature Machine Intelligence誌に寄せた論評の中で「AIと聴覚医療の未来」に言及している。
著者らは、人間の聴覚システムについて説明し、それを拡張するAIの可能性を示した後、AI開発者と聴覚専門家が協力して「真の人工聴覚システムを設計するためのステップ」を示している。特に、人工聴覚システムが考慮すべき、聴覚における3つの重要な側面に取り組むことが課題であるという。
1. 時間的処理:最近の研究によって、音を認識するための専用の神経回路が存在することが示唆されている。しかし、数ミリ秒単位の入力を処理するメカニズムは、異なる脳領域に分散したネットワークの複雑な相互作用に依存している可能性が高い。今後、自然な音理解と聴覚構築を実現するためには、このような研究をさらに進める必要があることを指摘する。
2. マルチモーダル処理:自然の聴覚システムを忠実に再現するためには、人工ニューラルネットワークは「最終的には、他の感覚運動モダリティを統合し、脳と同じようにさまざまなタスクを実行できる柔軟性を備えていなければならない」とする。マルチモーダルな特性を単独でモデル化しようとしても、現象をコンパクトに説明する以上の有用性は期待できないとした上で、適切な機能を持つネットワークを様々なタスクで訓練すれば、脳がそうであるように、マルチモーダルな柔軟性が現れるだろうと予測している。
3. 可塑性:近年の研究からは、人工内耳の効果は「その技術がどれだけ神経可塑性を実現できるか」にかかっているという仮説が立てられている。Zeng氏らは、人工内耳の性能が高ければ高いほど、「外耳道を通じて聴覚信号を受け取る新しい方法を脳が採用する」のを助ける点を指摘する。
著者らは結論として、AI研究者と聴覚研究者の共同を呼びかけており、積極的なコラボレーションが聴覚医療の未来を形作る点を強調している。
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左右の心不全を心電図から識別するAI研究
心臓が血液を送り出す機能が低下する「心不全」の診断は、心エコーなどの診断技術に大きく依存する。一方で、専門検査ゆえに人的・物的な制約が少なからずあった。人間の医師では検出が難しい「心電図上の微細な変化」をAIアルゴリズムで解析し、心不全をより簡便かつ迅速に診断しようとする試みが広がっている。
米マウントサイナイ医科大学のリリースでは、同大学の研究メンバーが学術誌 Journal of the American College of Cardiologyに発表した「深層学習アルゴリズムによって心電図から左右心室機能不全を識別する」研究成果を紹介している。心エコーレポートからデータを抽出する自然言語処理プログラムをまず構築し、各患者における心室機能不全を捉えた上で、心電図波形からこれを予測するニューラルネットワークをトレーニングした。その結果として、心電図から左心室駆出率50%以上で正常範囲の患者をAUC=0.94、駆出率40%未満の患者をAUC=0.87の精度で検出できた。また右心室における収縮・拡張の複合障害予測についてAUC=0.84を達成している。
本研究は、これまでに先行する心電図AIではみられなかった「右心室」の機能不全を評価できる点がユニークと言える。著者のひとりAkhil Vaid医師は「私たちは、簡単かつ低コストで心臓全体を理解できるAIを開発する点で最先端を目指した。研究成果は、左右どちらの心不全か正しく診断することに役立つだろう」と語っている。
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声を失った患者向けの読唇術AIアプリ「SRAVI」
唇の動きから音声を読み取る「読唇術(口話)」をAI技術によって実用化する動きが進んでいる。北アイルランドに拠点を置くLiopa社は「SRAVI(Speech Recognition Application for the Voice Impaired)」という読唇術アプリを開発している。
Liopaの18日付リリースでは、SRAVIが初めての商業契約を英Royal Preston Hospitalと結んだことを発表している。SRAVIは気管切開や咽喉手術後、脳卒中、麻痺、外傷といった様々な状態の患者を支援するために開発された。患者がスマートフォンのカメラに向かって唇を動かすと、SRAVIアプリは唇の動きをAI技術で認識し、音声として読み上げる。同社によると「登録したフレーズリストからの認識精度は90%以上」を謳っている。導入病院ではICUなどで入院患者向けに使用が許可され、患者・家族・医療スタッフ間でのコミュニケーション改善が期待される。
実際の患者でのケースレポートとして、幼少期からの声帯麻痺と重症喘息によって気管切開を受けた33歳の患者例が報告されている。同患者は筆談という手段よりも、口話を読み取るSRAVIアプリに対する満足感を述べている。英国内外でのアプリ導入に向け、Liopa社には北アイルランド投資庁からの289,423ポンド(約4560万円)をはじめとした各所からの資金提供が続く。
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遺伝カウンセリングのためのAIチャットボット
ノルウェー・ハウケラン大学病院の研究チームは、「遺伝性乳がんおよび卵巣がんに関する遺伝カウンセリング」のためのAIチャットボットを構築し、検証している。遺伝カウンセラーや臨床遺伝学者、エンジニア、患者、などの多様なメンバーで構成される学際的研究チームが提唱する「遺伝カウンセリングの新しい形」に大きな注目が集まっている。
Patient Education and Counseling誌から公開されているチームの研究論文によると、Rosaと呼ばれるこのAIチャットボットは、商用のAIチャットボットプラットフォームをカスタマイズすることで2年間をかけて構築したという。遺伝カウンセリングの専門家、当事者ら計58名で意見を出し合い、2,257に及ぶ質問項目とその回答を設定した。患者向けの反復アプローチにより、開発プロセスにおける広範なユーザテストとユーザビリティテストを実施し、結果的には実証試験においても「チャットボットへの肯定的な態度」を有意に得られる信頼性の高いものとなった。
研究チームは「遺伝カウンセリングサービスにおいて、患者が遺伝カウンセラーに会う前の段階で、チャットボットが正しい情報を与えてくれる。これは、自身の環境でそれぞれのペースと時間で準備を行うことができるようになることを意味する」と述べ、チャットボット利用が患者と遺伝カウンセラーの双方にメリットがあること、患者ニーズに合わせた最適化カウンセリングが可能となることを強調する。AIチャットボットが遺伝カウンセリングにおける重要な伴侶となるか、今後の展開への関心は尽きない。
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インフルエンザとの類似性からCOVID-19の広がりを予測
COVID-19はほとんどのインフルエンザよりも感染力が強く、致死率も高い一方、COVID-19とインフルエンザはいくつかの共通する特徴を持つ。つまり、いずれの疾患も主に上気道に感染し、飛沫や付着物、接触によって伝播する。米シカゴ大学の研究チームは、インフルエンザとの類似性を利用し、COVID-19がどのように感染拡大するかをより正確に予測する新たなモデルを提唱している。
PLoS Computational Biologyからこのほど公開されたチームの研究論文によると、新しいリスク測定法である「Universal Influenza-like Transmission(UnIT)スコア」は、既存のモデルと比較して、毎週の患者数をより正確に予測できるとしている。10年分に及ぶ米全土のインフルエンザ入院データを用い、インフルエンザ患者における週ごとの動向を調査した。例年、どこで感染クラスターが発生し、どのように全国に広がっていったかを明らかにするこのデータをもとに、チームはUnITスコアを作成した。さらに、社会的決定要因など、COVID-19の流行に影響を与える他の変数を組み合わせることで、CDCのモデリングハブに掲載されている他のモデルよりも高精度な予測結果を得た。
本研究は、「既存モデルではCOVID-19と季節性インフルエンザの動向の類似性を調査していない」ことに気づいたことに端を発する。実際、COVID-19の拡散抑制のための各種施策が、インフルエンザの抑制に効果的に働いてきた事実もこの重要性を示唆する。筆頭著者であるYi Huang氏は、プレスリリースのなかで「我々のモデルは比較的シンプルで、感染者数や死亡者数を予測するために使用されている他の多くのモデルよりも変数がはるかに少ない。しかし一方で、パンデミックの全期間において、他の複雑なモデルよりもその性能は優れている」と成果に自信を示している。
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網膜画像検査AIのリアルワールドエビデンス
網膜画像から眼科疾患を識別するAIが実用段階に入りつつあるなか、実世界での性能はまだ満足するものには至っていないという意見は根強い。豪モナッシュ大学などを中心とした国際研究グループによって開発された網膜画像用AIシステムを、実世界で大規模に検証した研究成果が学術誌 The Lancet Digital Healthに発表されている。
モナッシュ大学からのリリースでは同研究を紹介している。これは「CARE(Comprehensive AI Retinal Expert)」と呼ばれる、一般的な14種類の網膜異常を識別する深層学習システムを実環境で検証したというもの。CAREシステムは、アジア・アフリカ・北米・欧州における16の臨床現場から集められた207,228枚のカラー眼底写真によって学習された。このAIモデルを実際に中国全土35ヶ所の実臨床環境から前向きに収集された18,136枚の網膜画像で検証した。その結果、高次医療機関・地域病院・健診センターのいずれにおいても眼科医と同等の識別性能を示していた。さらに中国人以外のデータセットにおいても高水準の識別性能は維持されている。
研究グループは、中国全土の医療機関でCAREシステムの採用が進み、その後アジア太平洋地域における一般的システムとなることを期待している。著者のひとりでモナッシュ大学のZongyuan Ge氏は「システムの性能が眼科専門医と同等で、中国人以外でも性能を維持できることが分かった。より大規模な試験を実施する価値があるだろう」と述べている。
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小児遺伝性疾患の診断に貢献するAI
世界では毎年約700万人の新生児が深刻な遺伝性疾患を抱えて生まれてくる。基本的な遺伝子配列の解析に数時間、そこから特定の疾患診断のための手動分析に数日から数週間かかるケースもある。生後24-48時間以内の診断が転帰改善に重要な役割を果たすとの報告もあり、新生児特定集中治療室(NICU)に収容される子どもの一部にとっては、従来の「診断までのタイムラグ」さえも惜しまれる。
米ユタ大学病院からのリリースでは、AI活用の技術で小児遺伝性疾患を迅速に特定する研究成果が紹介されている。Genomic Medicine誌に報告された本研究では、米Fabric Genomics社のAIアルゴリズムを検証し、疾患の原因となる遺伝子エラーの上位2種類のいずれかを92%の精度で特定できるという結果を得た。この成果は、同タスクを60%以下の精度で行っていた既存ツールに対する優位性を示している。
FabricのAIは、多様な集団からのゲノム配列に関する大規模なデータベース、臨床疾患情報、およびその他の医療および科学データのリポジトリを相互参照し、これらすべてを個々の患者ゲノム配列・医療記録と組み合わせることで成立する。医療記録の検索を支援するため、自然言語処理ツールであるClinithinkのツールと組み合わせている。重症新生児には急速に多くの臨床ノートが蓄積するが、診断プロセスの一環として、医師がメモ内容を手動で確認して要約する必要があるため、多大な時間の浪費がみられてきた。これらメモの内容を数秒で自動変換し、当該AIで利用可能な形式とするClinithinkツールの機能は、速度とスケーラビリティにとって重要な意味を持つ。
ユタ大学病院の小児科教授であるLuca Brunelli氏は「研究の目標は、ツールが開発される以前に不安を抱えながら生活していた家族に答えを提供することだ。子どもの病気の理由を説明できるようになり、病気の管理を改善することが、回復につながることもある」と述べている。本研究により、NICUにおける「AIと全ゲノムシーケンスの幅広い活用への道」を拓いていくことが期待されている。
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がん組織標本からリンパ節転移を予測するAI
大腸がんのリンパ節転移を、組織標本のAI分析によって予測できる可能性が示された。これは、ドイツ・ハイデルベルクにある独がん研究センターが示した研究成果で、European Journal of Cancerから公開されている。
チームの研究論文によると、同施設が保有する2,400名以上に及ぶ大腸がん患者の「組織標本画像データ」を利用し、リンパ節転移の有無を識別する畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を構築・検証した。同分類器はAUC 74.1%を達成し、患者の年齢や性別、T期、腫瘍の位置と辺縁、などを含む臨床分類法と同程度に予測できることを示した。チームは、既存手法と画像ベースのCNNモデルを組み合わせることで、さらなる分類精度向上が期待できるとして研究を進めている。
著者らは「リンパ節転移が大腸がん患者の治療方針をタイムリーに決定するために重要な情報である」ことに触れ、ルーチンで取得される組織標本からリンパ節転移の有無を予測できることの臨床的価値を強調している。
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汗による血糖値のリアルタイムモニタリング
米ペンシルベニア州立大学の研究者らは、汗に含まれるグルコース濃度をリアルタイムに測定できるウェアラブルモニターを開発した。糖尿病患者は適切な疾病管理のために高頻度な血糖測定が必要となるため、低侵襲で高精度なモニタリング手法が常に求められてきた。
ペンシルベニア州立大学が17日明らかにしたところによると、今回開発に成功した低コストセンサーは、レーザー誘起グラフェンとニッケル-金合金で構成され、酵素を使うことなく、汗に含まれる極めて低レベルのグルコースを検出することができるというもの。このセンサーには、マイクロ流体チャンバーがあり、そこが汗を吸い込むと、アルカリ溶液が汗中のグルコースと反応し、合金に化学反応が起こることで電気信号が発生する。腕に装着することで機能する本デバイスは非常に小型で、これまで数名のボランティアを対象としてテストを行っており、食前・食後の血糖値変化の適切な捕捉に成功している。
研究を主導したHuanyu Cheng氏は「本グルコースセンサーは汗に含まれるバイオマーカーを極めて低い濃度で検出できる基礎的成果となる。今後、この技術を患者の日常的モニタリングにどのように応用できるか、医師やその他の医療関係者と協力して検討していきたい」と述べている。
実際の測定の様子は以下の動画に詳しいので、参照のこと。Glucose monitoring, no needles
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AIでメンタルヘルスを指標化する取り組み
メンタルヘルスという定量化が難しい要素に対し、専門家による主観評価を介さず、大規模集団データからの機械学習によって客観的な代理指標を得ようとする試みがある。フランス国立情報学自動制御研究所(INRIA)のグループが研究成果をGigaScience誌に発表している。
GigaScience誌のインタビューに、同研究の著者Denis Engemann氏が答えている。研究チームは英国の長期大規模健康データバンク「UK Biobank」を用いてメンタルヘルスを指標化する機械学習モデルを構築した。UK Biobankにはアンケートデータや脳MRI画像など多面的なデータが含まれ、AIモデルはデータ間の統計学的関連を反映して指標の予測を行う。その結果のひとつとして、従来のアンケートによるメンタルヘルスの評価を経ずに、脳画像の特徴を代理指標としてメンタルヘルスを説明することができるものがある。
研究チームはもともと、生物学的老化のバイオマーカーとして「脳年齢」を導き出す研究を行ってきており、その枠組みを心理的評価の範囲に一般化することで今回のモデル構築に至った。Engemann氏は「この種のアプローチは心理学者に取って代わるのではなく、古典的なアンケートに加えて、より豊富なツールキットを持つことを意味する。将来的には、心理学者と機械学習モデルがコンビを組んで、よりきめ細やかでパーソナライズされた心理評価ができるようになるかもしれない」と語っている。
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neuroQWERTY – パーキンソン病をキーボードタイピングでモニタリング
パーキンソン病(PD)は運動機能障害を主症状とする進行性の神経疾患で、病勢や治療効果を長期的にモニタリングする必要がある。客観的な運動機能データをよりきめ細やかに収集するため、コンピュータのキーボード操作時における「PD患者の指の動き」をモニタリングするソフトウェア「neuroQWERTY」がnQ Medical社によって開発・検証されている。
Parkinson’s News Todayでは、nQ Medicalが現在募集している臨床試験を紹介している。今回の臨床試験にはパーキンソン病の診断を受けた約50名の患者を登録し、neuroQWERTYを各自のPCにインストールした上で、4週間にわたるモニタリングを行う。同ツールではキーボードを打つ速さや各キーにかかる圧力が測定され、AI/機械学習によってタイピングパターンが解析される。解析されたデータは、PD患者に一般的に使用されている評価指標と比較され、ツールの医学的価値が検証される。
neuroQWERTYの過去の臨床試験では、家庭でのタイピングパターン分析から、クリニックでの検査と同等に、初期のPD患者と健常者を判別できることが報告された。neuroQWERTYは「Breakthrough device」として2020年にFDAの指定を受けており、PDの画期的なデジタルバイオマーカーとして市場への早期投入が期待されている。
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アルツハイマー病を予測するウェブアプリ
米ハーバード大学などの研究チームは、アルツハイマー病の発症と進行を予測する「ウェブベースのスクリーニングプログラム」を開発・検証している。
Alzheimer's and Dementia: Diagnosis, Assessment and Disease Monitoringからこのほど公開されたチームの研究論文によると、「BRANCH」(Boston Remote Assessment for Neurocognitive Health)と呼ばれるこのウェブアプリについて、50-89歳の234名でスマートフォンによる試験を実施した。結果、BRANCHのスコアは、従来の対面式認知機能検査のスコアと中程度の相関があり、BRANCHスコアの低下は、画像診断で認められるアミロイドβやタウ蛋白の蓄積量と関連することも明らかにした。
神経心理学者のKathryn Papp博士と共著者らは、論文中で「認知機能が現時点で正常な人々において、BRANCHは『将来のアルツハイマー病進行リスク』とその記憶パフォーマンスを捉えることを示唆している」としており、新しいデジタルバイオマーカーの潜在的価値を強調している。
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データアグリゲーションプラットフォームの価値
米オハイオ州デイトンに本拠を置くヘルスケアプロバイダーの「Dayton Children's Health Partners(DCHP)」は、10の独立した小児科診療所を有し、プライマリケアと小児科専門医療の実践に努めてきた。一方、これら医療機関群においては異なる6つの電子医療記録(EMR)を利用しており、データベース間の隔絶が有効なデータ利用の妨げとなってきた。
DCHPはこのほど、効率化と患者アウトカム向上を目的とした「データアグリゲーションプラットフォームの構築」を目指し、Innovaccer社と提携したことを明らかにした。同社のクラウドプラットフォームを利用し、統合された患者記録を生成することで情報サイロの排除を実現している。今後、ネットワーク内で患者情報は完全に共有され、円滑で効果的な医療提供に繋げるほか、データ標準化による適切な財務分析の実現と運営効率化、人的パフォーマンスの測定と向上など多面的なデータ活用を模索する。
医療機関ごとにデータが孤立する現状は日本においても深刻である。個人健康記録(PHR)への議論も含め、強力な推進力を持った民間プレイヤーの参入にも期待が大きい。有効な医療AI構築の観点からも多地域多施設データの価値は高く、実際的なデータ利用を見据えた包括的プラットフォームの確立と導入が事態解決の一助となり得る。
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マンモグラフィAI導入による成果
医療画像用AIを開発するCureMetrix社は、乳がん検出のマンモグラフィAIにおいて、疑わしい症例に優先順位付けとフラグ立てをする「cmTriage」と、疑わしい領域を特定し読影医の乳がん検出を支援する「cmAssist」を提供している。このほど、実際のマンモグラフィ診断施設が同社AIを導入してから2年間の運用成績をまとめた研究成果が発表されている。
CureMetrixのプレスリリースでは、学術誌 Journal of the American College of Radiologyに発表された研究成果を紹介している。南カリフォルニアの施設において、従来の「AIを用いないコンピュータ支援の検出ソフトウェア」とCureMetrixのAI支援ソフトウェアについて、AIシステム導入から2年間の状況が比較検証された。CureMetrixのAI導入で得られたメリットは、立てられるフラグが71%減少し、偽陽性の減少を通して「より疑わしい症例に集中」することができるようになった。また、レポート結果返却までの所要時間が3分の1に短縮されたという。
これまでマンモグラフィのレポート返却には、医師不足を含む様々な要因での遅延が指摘され、結果を待つ多くの人々が不安を感じているという報告もあった。本研究の著者で放射線科医のMarie Tartar氏は「AIを日常業務に統合することで得られる可能性を、より多くの放射線科読影医に伝えていきたい」と述べている。
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心アミロイドーシスを診断コードでスクリーニングするAI
「トランスサイレチン型(ATTR-)心アミロイドーシス」という希少で難治性の心疾患は、加齢や遺伝子変異によるタンパク質の変性でアミロイドが心臓に沈着し、致死的な心不全や不整脈を起こす。ビンダケル(タファミジスメグルミン)のようなアミロイド沈着を抑制する治療薬が近年普及し、治療方針が他の一般的な心不全と区別されることから、ATTR-心アミロイドーシスを早期に鑑別診断する重要性が増している。
ノースウェスタン大学フェインバーグ医学院からのリリースでは、同大学のチームを中心とした「機械学習モデルによるATTR-心アミロイドーシスの高リスク患者を特定する研究」が紹介されている。希少疾患であるATTR-心アミロイドーシスは、実際の有病率よりも潜在的に過小評価されているという仮説のもと、電子カルテデータから患者をスクリーニングする機械学習モデルが開発された。この研究がユニークなのは、心エコー結果や臨床文書からのスクリーニングではなく、「医療費請求における臨床診断コードの組み合わせからATTR-心アミロイドーシスの罹患リスクが高い患者を推定する」という点にある。例えば、心不全患者が脊椎・関節・腱に問題を抱えている場合、ATTR-心アミロイドーシスが存在するヒントとなる。最も強い関連性を示した診断コードは「心嚢液貯留」と「心房粗動」で、心臓以外の因子としては「手根管や各関節の炎症」が含まれていた。
本研究の成果は Nature Communications誌に発表されており、現在はノースウェスタン大学の心不全患者を対象に、前向きでの精度評価が行われている。同大学循環器内科教授で著者のSanjiv Shah氏は「レセプトデータを用いていることから、このモデルは全国の病院で一般化が可能で、他の希少疾患にも適用できる」と述べている。最終的な目標としてはモデルを電子カルテに直接統合し、ATTR-心アミロイドーシスの高リスク患者に追加スクリーニング検査が行われるようにしていきたいという。
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Treatment社 – 医学生の診断能力をAIで改善
医療AI開発を手掛けるTreatment.com International社はこのほど、米ミネソタ大学メディカルスクールと協力し、同社AIエンジンによる「医学生の診断能力改善」に取り組んでいることを明らかにした。
MERLINと呼ばれるこのAIエンジンは、患者の症状提示に基づいてプライマリケアにおける重要疾患の鑑別を行うことができる。Treatment社が12日公表したところによると、メディカルスクールの教科書的な症例に対してAIシステムをテストするとともに、医学生はAIエンジンに対して自身の知識を試す機会を得て、プライマリケアの診断評価に対する理解を深められるという。主としてメディカルスクールの3・4年次学生が対象となる本検証では、MERLINの医学教育現場における性能評価を通して、活用シーンの拡大、およびさらなる精度向上を図る。
Treatmentの最高医学責任者であるKevin A. Peterson医師は「プライマリケアの多くは上位500の疾患に集約される。これらの疾患を自信を持って評価し、治療することができれば、国民全体の健康が向上するはずだ」と述べ、MERLINが医学教育に果たす役割の大きさに自信を示している。
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米マウントサイナイ医大 – AIヘルス学部を新たに創設
米マウントサイナイ医科大学はこのほど、次世代の優れた医療科学者を育成し、医療システムの随所に「有効なAIフレームワークを確立」することを目指した新しい学部の設立を公表した。全米屈指の名門医大が示した先進的なプロジェクトは、業界の大きな注目を集めている。
同大学の発表によると、「Department of Artificial Intelligence and Human Health」と名付けられた新学部は、医学とコンピュータサイエンスのさらなる融合を目指したカリキュラム構成を取る。ヘルスセクターでのAIについて包括的な知識体系を構築することを狙い、機械学習の理論、医療機器やロボット機器、センサーを用いたデジタルヘルスなどの最先端技術を取り扱う。また、これらのコースやセミナーに加え、医学生が1年間に渡ってAIプロジェクトに取り組むことができるAIフェローシップも用意される。さらに、マウントサイナイ医科大学では、すべての医療および生物医学分野において適用される、AIを活用した「インテリジェント・ファブリック構想」を持つ。これは随所にAIフレームワークを取り込む思想で、地域レベルでの生産性と意思決定支援、病院レベルでの戦略的意思決定、患者レベルでの個別サービス、等の質的向上を図るもの。
学部長のThomas J. Fuchs氏は声明で、「人工知能を監視やプロパガンダのために悪用するディストピア的な手法には、今後も積極的に反対していかなければならない。だが、医療分野では既に、AIを使わないために患者が亡くなっていることさえ明らかだ」と述べ、AIの価値は基礎的な有効性の議論を超え、適切な臨床実装の方法を検討するフェーズにあることも強調している。
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医療AI導入をどう評価すべきか? – 評価フレームワーク研究
AIを医療現場に導入する際、そのAIをどう客観的に評価するか。AI手法が用いられた検査画像の「見栄えの良さ」を評価するような従来の評価アプローチは誤解を招きやすく、臨床現場でのパフォーマンスと矛盾することもある。セントルイス・ワシントン大学の研究チームは「AIによる画像診断手法を客観的に評価するフレームワーク」を提案している。
セントルイス・ワシントン大学のリリースでは、学術誌 PET Clinicsに発表された同研究チームの論文を紹介している(全文はarXiv参照)。画像診断におけるAIの活用例としてPET-CT検査を対象とし、放射性トレーサーの低用量化や撮像時間短縮のためのAI手法などを挙げる。研究チームのフレームワークは、病変の検出や定量といったAIのタスクについて、民族・人種・性別・体重・年齢など条件が異なる患者をテストモデルとすることなどを提案している。このフレームワークは別モダリティの画像検査やタイプの異なるAI手法の評価にも適用可能という。
同論文は、AI研究者と現場の医師がどのようにコラボレーションするか、信頼できるAIの条件として何が優先されるか、課題に取り組む正しいアプローチ法を示唆している。研究チームのひとりで米国国立衛生研究所(NIH)で臨床データ科学担当主任を務めるBabak Saboury医師は「医療は、科学の知恵と最善のツールを用いた、思いやりのケアによる『アート』であることを、自分たちに常に言い聞かせることが必要だ。AIが医療の実践に役立つために重要な課題は信頼性の向上で、そのために本論文では厳密な評価フレームワークを提案した」と述べている。
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臨床医の行動から「処方ミス」を予測するAIシステム
医師による薬剤のオーダーミスは、電子カルテの複雑さによって引き起こされることも多く、これは大抵の場合で「臨床医とソフトウェアインターフェースが向き合う段階」でのミスに起因する。これらを回避するため、米ニューヨーク大学の研究者らは「オーダーする臨床医の行動と関連情報だけで、エラーが発生するかを予測するAIシステム」を開発した。
このほどJAMIA Openから公開されたチームの研究論文によると、実際の処方結果と医師の処方行動データから、薬剤師が検証する必要があるほどに疑わしいオーダーの発生を予測する機械学習モデルを構築した。AUC 0.91を示す同モデルは、従来のエラー検出システムと異なり、医療記録そのものを読み込まないため、その高い精度とともに患者プライバシーとセキュリティを高水準に保持することができる。
著者らは「誤処方を減らすことは患者メリットが大きいことはもとより、薬剤師の作業負担軽減を通した医療提供体制の最適化に貢献する」ことに言及する。臨床医の行動に焦点を当てたユニークな処方ミス検出システムは、その設計思想と研究知見から今後の同種システムに大きな示唆を与えている。
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メラノーマ識別AIが実臨床に果たす役割 – ICCV 2021より
最も悪性度が高いがんのひとつで、皮膚科領域の重要疾患である「メラノーマ(悪性黒色種)」をAIで診断する試みが盛んになっている。米国内で年間1500万件以上実施される皮膚生検は、減少傾向にある診療報酬と相まって、検査室の負荷を増大させている。皮膚がんの分類・識別にAIを導入することで、医療リソースとワークフローを最適化することは課題解決の鍵と期待されている。
Proscia社(過去記事参照)は病理標本からメラノーマを自動検出するAIを開発しており、10月11日〜17日に開催されるコンピュータービジョン分野で最高峰の国際会議 ICCV: International Conference on Computer Vision 2021で最新の研究成果を発表する。トーマス・ジェファーソン大学とフロリダ大学で実施した前向き研究では、1,422件の皮膚生検を対象にProsciaのAIの性能が検証された。その結果、浸潤性メラノーマと非浸潤性メラノーマを感度93%・特異度91%で識別できた。また、基底細胞がんはAUC 0.97、扁平上皮がんはAUC 0.95の精度で分類できた。同研究成果はarXivにも掲載されている。
当該AIが「実際の臨床現場で発揮する能力として画期的」であることを研究チームは強調している。Proscia社のJulianna Ianni博士は「私たちのAIはメラノーマの特定だけではなく、疾患のバリエーションを考慮し、医療におけるディープラーニングの限界を押し広げるものだ。これにより、病理医がより早くより一貫性のある診断を行うことができ、患者の転帰改善に大きな貢献が出来ると期待している」と述べている。
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リウマチ専門医はAIトレンドに対応できているか?
高齢化を背景としてリウマチ治療への需要が伸び続ける一方で、リウマチ専門医には診療報酬の変化、業務管理、労働力不足などに伴うプレッシャーがかかっている。Cardinal Health社は米国のリウマチ専門医85名以上への調査結果をまとめた最新版のレポート「Rheumatology Insights」において、彼らが業界変動にどのように対処しているかを報告している。
その結果のひとつとして、調査回答者の半数以上(56%)が「リウマチ領域におけるAIの活用についてあまりよく知らない」と回答しており、「今後3年間でAIがリウマチ治療に大きな影響を与える」と考える回答者は4分の1以下(24%)であった。レポートでは、リウマチ専門医は全体としてAI/機械学習に対する知識が不足しており、ツールの価値に懐疑的であるとのコメントがあった。
調査結果全体からは、米国のリウマチ専門医が直面している最大の課題は「診療報酬の低下」であることが浮き彫りとなっている。その課題解決にAIが活用される局面として、業務効率性の向上、財務管理の予測、患者の治療計画遵守、症状悪化の予測、臨床意思決定といったものがあがる。リウマチ専門医のサポートにおいて、テクノロジーが果たす役割に関連し「業界全体としてはより多くの教育機会を必要とし、早期に機会を捉えた医療従事者は治療と財務パフォーマンスの両面でメリットを得られるだろう」とレポートでは主張されている。
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「デジタルツイン」の実現に向けて
現代医学は、ただ「疾患を待つ」といった治療中心の学問から、予防的で学際的な科学へと移行する必要がある。より個別化された体系的な医学を達成することを考えた時、遺伝子レベルで同質であるコピーモデルは、あらゆる医学研究において優れた研究対象となる。英ケンブリッジ大学の研究チームは、「人体全体をモデル化した患者デジタルツイン」を提案している。
Frontier in Geneticsに掲載されたチームの研究論文によると、AIおよび数理モデリングを統合したフレームワークにより、臓器・組織・細胞レベルでの情報を組み合わせたデジタルツインモデルを生成した。ここから、2つの臨床事例を検討している。1つ目では、グラフニューラルネットワーク(GNN)を用い、バイタルパラメータの変化を示すような臨床エンドポイントをモニタリング・予測することで、現在および将来の患者ステータスを一望することができた。また他方では、敵対的生成ネットワーク(GAN)を用い、血液および肺の多組織発現データを生成し、レニン・アンギオテンシン経路における遺伝子発現を条件とした「サイトカインの関連性」を見つける方法を示している。
研究チームは「マルチスケールの計算モデリングとAIを統合する上で、このような模擬患者におけるグラフ表現が重要となる可能性」を指摘しており、デジタルツインの実現と効果的なシミュレーション手段について強力な科学的示唆を与えている。
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AIシステムで「従来の肺機能評価」を置換へ
スパイロメトリに代表される従来型の肺機能評価は、座位の取れない患者や適切に指示の入らない認知機能低下者、感染症患者など、そもそも施行が容易でないケースが少なくない。インド・テランガーナ州に所在する医療AIスタートアップのSalcit Technologiesは、多面的な肺機能評価を取り込んだAIプラットフォームにより、従来の呼吸機能検査を完全に代替することを狙っている。
同社の開発する呼吸機能評価プラットフォーム「Swaasa」では、体温や酸素飽和度、症状、咳嗽音を機械学習によって解析することで、より非侵襲的かつ簡便な肺機能測定を実現しようとする。また、インドで最も歴史ある医科大学であるアンドラ医科大学が主導し、プライマリーヘルスケアの現場におけるSwaasaの試用が開始され、2,000名の患者を対象に6ヶ月間に渡って臨床評価が行われる。
胸部レントゲンやCTを含め、既存の呼吸器検査は費用と時間がかかり、特に医療リソースの十分でない地域では現実的な評価手段ではなかった。肺疾患のスクリーニングにおける有効性を検証したのち、「スパイロメトリの完全な代替」という大きな野心をもって加速度的な研究開発が進められている。
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非専門家のための深部静脈血栓症の診断AIツール「AutoDVT」
下肢の深部静脈血栓症(DVT: Deep Vein Thrombosis)では、血栓が肺塞栓症を引き起こすことで致命的となる。専門家による超音波検査での確定診断には相応の待機時間が必要となり、現実的には、あいまいな診断と不必要な抗凝固剤投与が行われている現状もある。非専門家によるDVT診断を補助するため、英オックスフォード大学を中心としたグループは「DVTを識別するAIアルゴリズム研究」を推進している。
オックスフォード大学からのニュースリリースによると、開発された「AutoDVT」と呼ばれるシステムは、超音波検査をAIで自動解釈し、ユーザーに大腿静脈の適切な位置をガイダンスした上で血栓の有無を識別・アラートする。従来の専門家によるスタンダードな超音波検査と比較しても十分な感度・特異度を達成しており、さらにはアルゴリズムを診断フローに組み込んだ際、検査1件当たり約150ドルの医療コスト削減につながると試算された。本研究の成果は Digital Medicine誌に掲載されている。
検査を必要とするDVT患者は、全世界で年間800万人程度と推算され、中・低所得国を中心にDVTに伴う健康影響拡大が懸念されている。研究チームは「非専門家によるDVT診断を迅速かつ正確に行うためにAutoDVTツールが活用されること」を期待している。
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臨床意思決定支援プラットフォーム「RecoverX」 – 米国医師会からスピンアウト
米国医師会(AMA: American Medical Association)が母体となっているシリコンバレー拠点のヘルスケア企業「Health2047」は、スタートアップを次々にスピンアウトしている。AMAは医療AIの開発責任についての方針を年次総会で採択するなど、AIと医師の新進的な関係性に取り組む姿勢を見せている(過去記事)。
AMAの4日付リリースでは、Health2047が2021年内で4番目、全体では9番目にスピンアウトしたスタートアップ「RecoverX」を紹介している。RecoverXは、30以上の専門分野で医師の臨床意思決定をサポートするAIプラットフォームの開発を行っている。そのコンセプトとして、音声変換・ライブメモ・ワンクリックアクションなどで医師の行動にリアルタイムで反応し、患者との会話や検査結果などの情報から、医師に鑑別診断や除外診断あるいは次に行うべき検査などを提示する。
プラットフォームのエビデンスを強化するものとして、最新のガイドラインや専門家の意見を医療機関に提供するサービスのひとつ BMJ Best Practiceと提携している。RecoverXの創設者Carl Bate氏によると、「従来型の意思決定支援技術と本プラットフォームとの違いは、医師が情報を探しに行くのではなく、情報が医師を見つけるのを助ける点にある」と述べている。医療への社会的要求が指数関数的に増加するなか、情報面の課題解決は持続可能な医療モデル構築に必須として、同社は真に医師に求められるプラットフォームの開発を目指している。
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AIの存在は「医学生が放射線科医を志す」ことを妨げる
放射線医学領域の専門家らは、多かれ少なかれ医療AIの有効性を認識し、その進展を受け入れる姿勢を示してきた(過去記事)。このほど、全米の医学生を対象としたアンケート調査結果が報告され、「AIの存在は医学生の進路選択に大きな影響を与えている」事実を浮き彫りにしている。
このほどClinical Imaging誌から公開された研究論文では、2020年2月から4月にかけ、全米のメディカルスクールに所属する463名の学生から得たアンケート調査結果に基づき、AIの台頭による進路選択への影響を考察している。これによると、AIの潜在的な影響が無いと仮定した場合、21.4%の学生が放射線科を第一志望としたのに対し、AIについて考慮すると17.7%へと志望者数の有意な下落をみた。また、定量分析により、1. AI自体への懸念 2. 就職機会減少への懸念 3. 放射線科への理解不足 などが、AIの存在によって放射線科を低く評価することと関連していた。
著者らは「キャリアの早い段階でアプローチし、AIを放射線科講義に組み込むことで、不必要な離脱を避けられる可能性」を指摘している。実際、調査結果からも「学生らは進路指導に際したAI教育を重点化するカリキュラム介入」を望んでいるが、現実には世界的にみて未だ萌芽的段階を抜けていない。AIが放射線医学の未来を形作ることに疑いようのない今、適切な人材確保と養成に向けた取り組みが求められている。
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データセットの「量と特異性」を組み合わせるAI創薬研究
同じ組成の化学物質に異なる結晶体が存在することを「多形(Polymorphs)」と呼ぶ。その違いが薬剤の効能に関わるため、創薬分野では多形体データが収集されてきた。製薬会社が独自に収集したデータセットと、公開データセットを組み合わせ、新薬候補として利用できる新たな多形体を予測する機械学習モデル研究が発表されている。
英国のケンブリッジ結晶学データセンター(CCDC: Cambridge Crystallographic Data Centre)のリリースによると、同センターが公開している「ケンブリッジ結晶構造データベース(CSD: Cambridge Structural Database)」と、グラクソ・スミスクライン社(GSK)の独自データセットを組み合わせ、多形体を予測する機械学習モデルが構築された。CSDには過去100年間にわたって収集してきた結晶構造110万件以上、GSK社には医薬品パイプラインにおける種々のフェーズで収集された過去40年間のデータが登録されており、研究成果はCrystEngComm誌に報告されている。
AIモデルはデータの「量」と「特異性」という2つのポイントから恩恵を受ける。CSD側の大量のデータはより信頼性の高い予測につながる。一方でGSK社の独自データセットには、製薬会社として創薬に有利になるよう探索してきた産業界の文化的意思決定が反映されている。CSDとGSKのデータセットを組み合わせることで双方の長所を取り入れられることを本研究では実証しており、データセットの相互補完は業界でのトレンドとして続くことが想定される。
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Salix – 冠動脈疾患の早期診断AIツール
西オーストラリア大学(UWA)やハリー・パーキンス医学研究所、オタワ大学心臓研究所らの研究者が共同し、冠動脈疾患診断向けのAIツール「Salix」を開発した。ArtryaおよびEnvision Medical Imagingが提携し、来年初頭までの販売開始を予定している。
Artryaがこのほど明らかにしたところによると、Salixは、心臓CT画像から心筋梗塞の原因となり得る動脈硬化性プラークの検出と評価を自動化し、早期診断を支援するという。ツール搭載の独自アルゴリズム群により、3D心臓画像の構築、狭窄度、カルシウムスコア、プラーク総量と質評価、レポート作成までを15分以内で完了することができる。Salixは既にオーストラリア規制当局の市場販売承認を取得しており、グローバル展開を視野に海外規制当局への申請も進めている。
オーストラリア保健福祉研究所によると、同国における2018年の死亡原因第1位が冠動脈疾患であり、同年の心血管死亡における42%を占める。Salixによるリスク評価の自動化は、放射線科ワークフローの劇的な効率化を見込んでおり、これが冠動脈疾患患者の転帰改善に貢献するか期待が集まっている。
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「循環器AIは善か悪か」- 欧州心臓病学会での議論
AIの役割と有用性について、循環器病学領域では専門家間における大きな意見の隔たりがある。本年オンライン開催となった欧州心臓病学会(ESC)2021では、第一線で活躍する2名の専門家が「循環器病学領域におけるAI使用の是非」を論じた。
ESC 2021の「Great Debate」セッションでは、英University College Londonで健康情報学部門と心血管科学部門で、それぞれ精密医療学の教授を務めるFolkert Asselbergs氏が「AI推進派」、ウェールズ大学病院名誉教授で、欧州心臓血管イメージング学会の前会長であるAlan Fraser氏が「AI反対派」として活発な討論を行った。
Asselbergs氏によると「AIは、肥大型心筋症患者の中隔の厚さを、臨床医よりもはるかに少ないばらつきで測定するのに役立つなど、特に画像診断におけるメリットが大きい。また、12誘導心電図から心房細動や駆出率を予測することが可能であるなど、循環器科医による専門治療の場だけでなく、専門検査の実施・評価経験が少ないプライマリーケアの現場でもスクリーニングツール活用をサポートできる。さらに先を見据えると、患者が心電図付き携帯端末を使って自宅で診断・予測を行うことや、機械学習を利用した表現型解析が心不全の定義に役立つこと、網膜スクリーニングから冠動脈疾患を予測することなど、個別化医療の進展が期待される」とする。
Fraser氏は「AIはプログラムされたことしかしないため、根本的に愚かである。問題はこれらのプログラムに対し、人間のような思考や意思決定の特性を示唆するような表現を使っていることで、実際にこれらはAIにはない。ニューラルネットワークに関する第二の懸念は、簡単に騙されてしまうこと。膨大な量のデータがあれば、存在しないパターンであっても見つけ出すことができ、これは相関関係は示しても因果関係を証明するものではない。また、現状のAI開発や導入の多くが臨床上の問題ではなく、技術的な理由で行われている」などと反論した。
一方で、両者は「機械は安定し、偏りがなく、利益相反がなく、ヘルスリテラシーを向上させるために明確な情報を提供する可能性がある」点、および「有効利用のためには、より多くの研究が必要であり、誇大広告に流されないこと、セキュリティ、倫理、品質基準、適切な人材育成、ガイドラインやルールなどが必要である」点で意見の一致をみている。種々の医学系学会で主要なテーマとして取り扱われることの増えた「医療AI」は、領域ごとの白熱した議論が続いており、その将来性と有用性の程度を誰もが注視している。
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